精神破壊と酷い隠し事
クレリス、あるいは裏切り者の死体。
クラシロエスの首魁たる彼女がヴェルディーゼに死体までも利用されることになった経緯は、数日前、クラシロエス崩壊前日まで遡ることになる。
◇
時は、ヴェルディーゼがクラシロエスの首魁、クレリスの胸を貫いた数分後。
彼女は廊下を這って自分の部屋まで辿り着き、ナイフを手にしていた。
毒の塗られたそれを二本用意し、クレリスは笑う。
と、そこにノックの音がして、返事を待たずに人影が中に入ってきた。
「……ッ!」
「ナイフを二本。僕とクーレのため、かな。僕へは復讐、クーレは……長年の悲願を叶えるため、つまり……国王になるため、か。長く影武者を務めてきたんだから、成り代わったところで誰も気付きはしないよね。高貴な吸血鬼の匂いに気付く吸血鬼をクラシロエスに始末させてしまえば、もっと確実だ」
「……は、はは……どこでバレたというのでしょう。……全てはこの日のために……私が国王になるために、努力してきたというのに……どいつもこいつも、見る目のない。神ですらあの小娘に首ったけ。ああ、愚かな世界ですね……私が、私こそが、王に相応しいというのに」
「少なくとも、国王になるっていう野望のために世界を崩壊に追いやるような奴は国王には相応しくないだろうね」
冷静にヴェルディーゼが言い、呆れたように肩を竦めた。
そのまま、一歩、二歩を、少しずつクレリスとの距離を詰めていく。
クレリスは諦めたような顔で、しかしその瞳だけはギラつかせてヴェルディーゼのことを見つめていた。
ヴェルディーゼもそれには気付いていながら、しかし全く気にした素振りもなく歩みを進める。
「着々と自分の地位を押し上げて、王の影武者になるに至った。その執念だけは認めよう。おめでとう、君は神が対応するに値するよ。喜ぶといい。そして残念だったね、君は神に目を付けられた。それさえなければ、君は王になれただろうに」
「……神。ふふ、はははっ……冥土の土産のつもりですか? それとも、何かの策略のための虚言でしょうか。いずれにせよ……あなただけは、許しません。あなたを殺して、クロイレも殺して、私が王になるのです……ああ、あの手を血で汚したこともなさそうな無垢な小娘もいただきましょう。今はともかく、素質に関しては中々良い物を持っていますからね。それで、それで……」
「現実逃避をしたまま死にたいのなら勝手にしてくれていいけど、それにユリを巻き込まないでくれるかな。ただでさえ……はぁ」
ヴェルディーゼが頭を押さえ、ゆっくりと首を横に振った。
そして、ゆるりとクレリスの首に触れると、一言呟く。
「……〝精神破壊〟」
抵抗もなければ、悲鳴の一つもなかった。
精神が壊れ、ピクリとも動かなくなったクレリスをヴェルディーゼが冷たい瞳で見下ろす。
そして、虚空から長剣を取り出すと、何の感情も浮かばない瞳のままそれを振り下ろした。
ぐちゃ、と生々しい音ともに血が飛び散り、ヴェルディーゼが息を吐く。
「……これで、身体も死んだ。後は、ユリにもクーレにも気取られずに、これを動かして……なるべく後腐れないようにするだけ」
深い、深い溜息は、誰にも聞かれることはなかった。
◇
そして時間は、クレリスの身体がクロイレに別れを告げた時、ヴェルディーゼが城の屋根からそれを眺めていた時へと戻る。
ヴェルディーゼは泣き崩れるクロイレを見下ろして、ほんの僅かに痛々しそうに眉を寄せた。
「……ごめんね、クーレ。だけど……彼女がクラシロエスの首魁で、君の命を狙っていたってことを知るのは……あまりに酷だ。それを知るには、クーレは……魅了を抜きにしても、彼女のことを信頼し過ぎてた」
ぽつぽつと、ヴェルディーゼが届かないとわかっていながらも謝罪を口にした。
そんなヴェルディーゼの視界の中、クロイレが立ち上がってよたよたと歩き始める。
納得もしていないし、立ち直ったわけではないだろう。
だがそれでも、クロイレは立ち上がらなくてはならない。
彼女は、国王だから。
「……流石、国王になるために生まれた……いや、国王に選ばれただけのことはあるね。実際にそうなったのは、本人の努力の賜物だろうし。……後は、創世神にあんまり干渉しすぎないように言って……クーレ本人のためとはいえ、酷い隠し事はするんだから、せめて見守れるようにしないと。そうしたら……うん、帰れる。……ユリも待ってるし、早く終わらせよう」
ヴェルディーゼがそう言って気合を入れ、残りの仕事を片付けるために立ち上がった。




