クラシロエス崩壊
ノックの音が響いて、ユリが目を丸くした。
この部屋に来そうな人物はクロイレくらいなもので、他に心当たりなどなかったからである。
そして、ユリがクロイレを見てクレリスのことを思い出し、もしかしたら彼女かもしれないと扉を見る。
「クレリス様から、陛下がこの部屋にいらっしゃると聞いたのですが……」
「ああ、私に用があったんだね。どうしたの? ……えっと、ユリ、ヴェルディーゼ。入れてもいい?」
「あれ、クレリス様じゃなかった……いいですよ、クーレちゃんの部下とかそんな感じの人でしょうし」
推測が外れたことに肩を落としつつ、ユリがクロイレにそう答えた。
ヴェルディーゼは興味の無さそうな顔で虚空を見つめているので、クロイレが入室許可を出して用件を尋ねる。
すると、入ってきたクロイレの部下は、少し緊張した面持ちで告げた。
「クラシロエスが、崩壊いたしました」
「……え?」
クロイレが固まった。
彼女にとって、クラシロエスはそう簡単には手出しできない悩みの種である。
ヴェルディーゼにこの城にクラシロエスがいると聞かされて、避難して帰ってきたばかりだと言うのに。
そうなれば、崩壊についての心当たりなど一つしかない。
クロイレは困惑しながらヴェルディーゼを見て、溜息を吐く。
ヴェルディーゼは、素知らぬ顔でユリの頭を撫でていた。
何も語るつもりはないと言わんばかりにクロイレに視線もくれず、ただただ驚くばかりのユリの頭を撫でている。
「……ほ、本当……に? クラシロエスが、崩壊したの……?」
「はい。次々にクラシロエスの者が自首をしており、同じく自首をした幹部も既に牢に」
「かん、ぶ……把握してる限りで、いいんだけど……幹部は、何人が……その、自首したの?」
「既に捕らえていた二人を除いた五人。全員が、牢にいます」
ぽかんとクロイレが呆然とした顔をして固まった。
え、あ、う……と、言葉にならない声を零し、クロイレが目を閉じる。
そのまま、ゆっくりと深呼吸。
混乱を落ち着かせたクロイレは、ユリとヴェルディーゼを振り返った。
「ごめん、二人とも。私……もう、行くね。仕事ができちゃった」
「……はい。頑張ってくださいね、クーレちゃん。何かあれば私、ちゃんと手伝いますから! 主様にも手伝わせます! 百人力ですよ!」
「ふふ、頼もしいね。じゃあ、何かあれば言うよ。ユリ、ヴェルディーゼ、話ができてよかった。また後でね」
クロイレがそう言って二人に手を振り、部下とともに部屋を出ていった。
それを見てユリは息を吐き、ヴェルディーゼを見上げる。
「……隠し通せるとでも思いました?」
「何のこと?」
「この期に及んで誤魔化しますか……主様の仕業ですよね?」
「何が?」
「……え、本当に知らない? じゃあ何で……?」
すぐに誤魔化されてしまうユリに愛おしさが込み上げ、ヴェルディーゼが笑みを深めた。
邪悪なそれを浮かべたまま、ヴェルディーゼがユリの頬を撫で、顎を掬い上げてやる。
流石に、邪悪な笑みを浮かべられてもわからないということはなく、ユリがじとりとヴェルディーゼを睨んだ。
「主様? あのですね、私は全面的に主様のことを信用していますし、隠し事もまぁ必要なら構いませんけど、からかい目的で隠し事されたり嘘を吐かれたりするのは……んやぅ」
「嘘を吐かれたりするのは? なぁに?」
「あ、あ、あの、顎撫でるのと、あと、横腹触られるのも……うぅ、くすぐったい……」
「……くすぐったい止まりか。なんだ……」
「何を期待してたんですかね!? ……ま、まぁ、それは後で問い詰めるとして、今はそれよりクラシロエスのことですよ。主様ですよね?」
「うん、そうだよ。世界の汚染を止めるためには必要不可欠だからね。いやぁ、楽に解決できてよかった」
ふっと笑ってヴェルディーゼが満足そうに言った。
その笑顔があまりにも満足そうなので、ユリが仕方無いなぁという気持ちになりながらも首を傾げる。
そうして尋ねるのは、その方法とどうして何も言わなかったのかという疑問。
それをぶつけるべく、ユリが口を開いて――
「先に言っておくけど、手段については答えるつもりはないよ」
思い切り出鼻を挫かれ、中途半端に口を開けたまま固まった。
数秒で復活し、ユリがジッとヴェルディーゼを見つめる。
からかっている様子はない。
いやしかしヴェルディーゼなら、とユリがもう一度疑って、どれだけ見つめても真剣なその表情を崩さないのを確認してから息を吐いた。
そして、少しむっとした顔をしつつも頷く。
「わかりました。真剣に言っているみたいなので、そこは追及しません。……でも、なんでクーレちゃんに黙ってたんですか? 部下の人の前だったから?」
「それもあるけど、そもそもクーレにも伝えるつもりがないね。知らなくていいと思うし」
「……でも、クーレちゃん、クラシロエス崩壊を誰がどうやって起こしたのか知らないと、困っちゃうんじゃ……?」
「困る……かも、しれないけど……クーレは言わなくても僕がやったことはわかってるだろうし。手段がわからないから残党とかかなり警戒することにはなるだろうけど、まぁ……クーレの成長に繋がるでしょ。たぶん。僕は確かにクラシロエスのほとんどに自首させたけど、残党はいないとも限らないしね」
「はえぇー……あれ? そういえば……お仕事終わりぃ?」
「そうだね。機を見て……クーレとかに別れの挨拶をしたら、もう帰るよ」
そう言ってヴェルディーゼがユリの頭を撫でた。
ユリはぱちくりと目を瞬かせると、視線を下に向けて終わり、と呟く。
「……終わり……終わり、かぁ」
「ユリ?」
「……なんでもな……くは、ないですけど。まぁ、お城で話します。はい」
「実感無いかな。ごめんね」
「……じゃ、私のこと甘やかしてください。隠し事のお詫びに、たっぷりと」
ユリがそう言って笑みを浮かべると、ヴェルディーゼが頷いた。




