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最高位邪神と転生眷属のわちゃわちゃはちゃめちゃ救世記  作者: 木に生る猫
クローフィ・ルリジオン

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呆気ない終わり

「……ああー……」

「多幸感が溢れて死にますさようなら」

「死なせないけど。精神リセットしてあげようか?」


 ヴェルディーゼがユリの膝の上で軽く首を傾げた。

 それにユリは頬を引き攣らせ、ぶんぶんと首を横に振った。


「嫌です! なんですか精神リセットって! なんか怖いです!」

「失敗したら廃人になるけど、上手くやれば大丈夫大丈夫」

「概要を知りたいんですけど。恐怖が増しただけなんですけど」

「……精神を生まれた当初のものに強制的に引き戻す魔法だよ」

「やろうとしてたの応用なんですか。そして怖すぎます、強制的に精神を赤ちゃんにされるってことですよね。こわ……」


 ユリがそう言ってヴェルディーゼの髪をそっと撫でた。

 さらさらと指を通る黒髪にユリが目を細め、先程とはうって変わって陶酔したような表情を見せる。

 細い指がヴェルディーゼの髪から頬へと移動していき、ユリはぼぅっと顔を近付けていく。


「……すやぁ……」

「よし、寝た。やっぱりユリを封じるならこれが手っ取り早い。……クーレの避難は完了。確認作業も済んで、余計なものは知らせないようユリを眠らせることもできた……思考が鈍くなれば、魔法の前兆も悟られない。それにこれなら、寝落ちしたって自分で勘違いしてくれるはず」


 うん、とヴェルディーゼが一人満足そうに微笑み、眠りに落ちたユリの身体を支えながらその膝の上から脱出した。

 そのままユリを丁寧にベッドへ寝かせ、結界を展開する。

 世界への配慮も何も無い、ヴェルディーゼが今作れる一番の結界である。

 この世界に存在する全ての生命が束になろうと、それは破れない。


「事前準備は、終わり。後はもう、根幹を揺らして、崩壊を招くだけ」


 今日この日、クラシロエスという組織は崩壊する。

 世界を汚染する、諸悪の根源は、消える。


「いやぁ、運が良かった。あそこで出会ってなきゃ、もう少し時間が掛かって……致命的なまでに汚染されるところだった」


 不気味なほど静かな廊下に、足音が一つ。

 コツ、コツ、コツ、と、静かに歩く音だけが、ただ響いて、そして。

 何かを引きずるような音とともに、それとは違う足音が聞こえてきて、その姿を現した。

 金の刺繍が施された豪華な白いローブを纏った人影が、廊下の角から姿を現す。

 リュールが攫われたあの日に、クラシロエスの拠点でヴェルディーゼが見かけた魅了の力を振りまくクラシロエスの幹部と思わしき存在だ。

 それを見て、ヴェルディーゼは笑みを浮かべながら緩く首を傾げる。


「幹部かも、だなんて僕は推測していたけど……そうじゃ、ないね。幹部なんてものじゃない。君は、クラシロエスの首魁だ」

「……」

「クーレを狙って来たんだろう? それはそうだろうね、クーレは、彼女は……創世神手ずから、この状況をどうにかするために干渉を重ねて作り上げられた、完璧な王なんだから。彼女が生贄にされて世界に与えられるダメージは、計り知れない。あまりにも致命的だ」


 大仰な仕草で、薄っぺらい笑みを浮かべてヴェルディーゼが滔々と語る。

 そして、ヴェルディーゼは煩わしいものを手で振り払うような仕草をして、その顔から表情を消した。

 感情の抜けた顔で、ヴェルディーゼが呟く。


「もう、終わりだよ」

「……何を」

「君の目的も。クラシロエスも。全ては終わる。ここで決着がつく」


 ゆらり、と。

 この世界の人物には捉えられない、あまりにも膨大な魔力がヴェルディーゼの身体から噴き出した。

 その圧力だけは感じ取ったようで、クラシロエスの首魁が一歩後ずさる。


「考えたね。元から存在した、公平を求める小さな組織を魅了の力で掌握して、正しいように思えるその主張を使って人を集めて、魅了でそれを盲信させて……主張はそのままに、目的を挿げ替えた。この世界は不公平だ。吸血鬼ばかりが優遇されるのはおかしい。だから他の種族にも機会が与えられるべきだ。……これが、当初のクラシロエスの主張。目的はあくまでも、吸血鬼以外の種族にも機会を与えられるよう訴えることだった」


 ヴェルディーゼが、目の前のクラシロエスの首魁を見つめて言う。

 この状況を打破したいのならば、クラシロエスの首魁は動くべきだ。

 だが、動かない。

 その圧に絡め取られて、逃げ出すことも叶わない。


「それを。その魅了で、君は〝吸血鬼以外の種族にも機会を与えられるよう訴える〟という目的を、ただの手段へと下げて……〝そのために吸血鬼を生贄に捧げ、滅ぼし、この世界を正す〟という目的に挿げ替えた」

「……っだから、何だ。ここまであの組織が大きくなった以上は……」

「よく喋れるね。……ああ、確かにあの組織は大きい。あの組織に所属する存在全てが、吸血鬼を滅ぼすべきだと考えている。そう、全ては君の魅了の力によって。……だからこそ……致命的だ」


 感情の抜けていたその顔に、薄い笑みが浮かんだ。

 ゆっくりと、ヴェルディーゼがクラシロエスの首魁へと近付いていく。

 そうしながら、ヴェルディーゼは引き続き丁寧に語った。


「クラシロエスの今の全ては、魅了ありきだ。だからこそ、それが無くなれば全ては崩壊する」

「……そ、んなことが……」

「根本から、崩れ去るんだよ。だって、全てが嘘で、偽りなんだから。クラシロエスの捻じ曲げられた目的はもちろん、君の種族だって、暴かれる。その耳が、誰にも見られなかったはずがない。魅了は上っ面だけのもの。解除そのものはそう難しくない。……僕はユリ以外にそんな手間を掛ける気は無いから、手っ取り早くやらせてもらうけど」


 圧を乗り越えて、クラシロエスの首魁が再度後ずさる。

 しかしもう、遅い。

 逃げ出すならば、もっともっと早くそうするべきだった。


「……か、ふ」


 ヴェルディーゼの腕がクラシロエスの首魁の胸を貫いた。

 すぐに引き抜き、血で汚れた腕をヴェルディーゼが魔法で綺麗にしながら踵を返す。


「君が死ねば、すぐに魅了はその効力を失う。そうなれば、クラシロエスは簡単に崩壊する。……創世神は相当頭を悩ませていただろうに……呆気ない終わりだね」


 それだけを言い残して、ヴェルディーゼは何事も無かったかのようにクラシロエスの首魁から離れていった。

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