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最高位邪神と転生眷属のわちゃわちゃはちゃめちゃ救世記  作者: 木に生る猫
クローフィ・ルリジオン

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策略の始まり

 ヴェルディーゼが意識を失ったユリをそっとベッドに寝かせ、部屋を出る。

 そうすれば、足音一つ聞こえない廊下に出て、ヴェルディーゼは息を吐いた。

 足音一つ響かなかった廊下に足音を響かせながら、ヴェルディーゼが歩く。

 少し歩くと、小さくヴェルディーゼのものとは違う足音が聞こえてきた。

 軽い音が聞こえて、ヴェルディーゼが音が聞こえてくる方へと足を進めるとそこにはクロイレがいた。

 クロイレはパッと笑顔を浮かべると、ヴェルディーゼに向かって尋ねる。


「ヴェルディーゼ! ユリは一緒にいないの? 珍しいね」

「ああ……王都に着いてすぐに王城に来たからね。疲れてたのかすぐに寝ちゃって……退屈だから、その辺を歩いてたんだ。クーレは、何か用事?」

「用事というか……仕事も一段落して、休憩に入れたからユリとヴェルディーゼの様子を見に行こうかなって思ってたところ。ちゃんと話ができるほど時間はまだ取れなくて」

「仕事が一段落……随分と早いんだね。分かれてからそんなに時間経ってないのに」

「まぁ、クレリスもできないわけじゃないから。だからこそ、私がいなくてもやっていけてたんだし……復習も兼ねて、残ってた仕事をやってただけだからね」


 クロイレがそう言って苦笑いし、肩を竦めた。

 そして、目を眇めてヴェルディーゼを見ると、からかうように笑って言う。


「こんなところに居て、いいの? ユリが心配するんじゃない?」

「そう簡単には起きないよ。……眠りが深いみたいだから。それより、ユリの顔が見たいなら来る?」

「んー……どうしようかな。起こしたくはないんだけど」

「起きないと思うけど」


 無表情にも近い顔で、ヴェルディーゼがユリは簡単には起きないと繰り返す。

 それを見たクロイレは溜息を吐いて、ユリがいないといつもこんな調子だなと少し心配そうな眼差しを向けた。

 笑う時は笑うし、嫌なことがあれば顔を顰める。

 別にユリがいない時のこの顔も、完全に無表情ではない。

 僅かながら、その表情にも感情の起伏は出る。

 しかし、ユリがいる時の表情の豊かさは、決してないのだ。

 そして、クロイレは果たしてユリはこのことを知っているのだろうかと二人に貸し与えた部屋の方を見る。

 そこで、ユリは眠っているらしい。

 クロイレはヴェルディーゼと部屋がある方を何度も見比べて、思案してから一人頷いて、言った。


「うん。すぐに戻るけど、顔だけ見て行こうかな」

「ん、じゃあ行こう。休憩時間も無限じゃないだろうし」


 ヴェルディーゼがそう言い、先導するようにクロイレの前を歩き始めた。

 クロイレは大人しくそれに付いていきながら、やはり心配そうにヴェルディーゼを見る。

 そして。

 そして――二人の邪魔をしない方がいいんじゃ、と今更ながらに考えて。


「私……」

「邪魔じゃないから。……僕の表情について考えてるのはわかってる。けど、別にユリがいないからって感情まで希薄になってるわけじゃないよ。これは癖だから、気にしないで。ユリの前では表情が豊かになるのは、心配を掛けたくないのと、ただ安らいでいるだけ。クーレは別に警戒の対象でもないしね」

「わ。ふふ、それはちょっと嬉しいかも。……あ、ここだよね?」

「うん、入っていいよ」


 部屋に到着し、クロイレが合っているかどうか確認するとヴェルディーゼが頷き、入室の許可を出した。

 クロイレはそれに頷きを返してから、念のためにノックをして部屋の中に入る。

 そのままベッドへと視線を向けると、確かにユリがすやすやと眠っていた。

 クロイレがそれを見ながらベッドへと駆け寄り、近くでその顔を覗き込む。


「……んぅ……あるぅ、じさぁ……」

「あ、る……? ……ヴェルディーゼのこと呼んでるのかな」

「あー……寝言の内容大体いつも僕に関係してるから、そうかもね」

「…………かくしごと……しないでぇ……」

「ヴェルディーゼ?」


 クロイレのジト目がヴェルディーゼに突き刺さった。

 ヴェルディーゼは乾いた笑みとともに目を逸らしてその視線から逃げつつ、ユリの頬を撫でる。

 途端にユリの頬が綻ぶので、ふっとヴェルディーゼが笑顔を見せた。

 そして、だからこそ、ユリは知るべきではないと思う。

 眠っている内に、全てを終わらせてしまうべきだと。


「クーレ」

「もう。寝言でもこんなこと言われるくらい隠し事してるの? 何でも話せとまでは言わないけど、あんまり多すぎるのは……」

「……クーレ」


 ヴェルディーゼが静かに繰り返すと、クロイレが口を噤んだ。

 そして、じっとその瞳を見て小さく息を吐く。

 ヴェルディーゼの瞳があまりにも真剣だったので、ちゃんと話を聞くことにしたのだろう。


「……何?」

「しばらく、城を出た方がいい。誰にも言わずに」

「それって……ううん。……ヴェルディーゼは何を知ってるの? 一時的に身を隠すのは構わないけど、何も知らないままじゃ動けないよ」

「……何度か、クラシロエスに襲撃されてるから……特有の雰囲気は掴んだんだ。……城の中にそれがある。誰がそうなのかまではわからないけど、確実に潜んでいるだろうね」

「クラシロエス……そっ、か。……そうなんだ……」


 クロイレが悩ましげに顔を俯かせ、ヴェルディーゼのことを信じるべきか否か思案する。

 短期間ではあれど、一緒に過ごしてきた仲だ。

 その人となりも、全てとは決して言わないがそれなりに理解している。

 敵に対してはとことん非情になれるし、秘密主義なところもある。

 ユリのいないところでは感情の起伏も小さくわかりづらい。

 けれど、悪人ではないとクロイレは考える。

 酷いからかい方はするし、隠す必要のないことだってからかうためだけに隠してしまう。

 だが、それでも。


「……わかった。信じるよ。それじゃあ、クレリスに伝えて……」

「駄目」


 ヴェルディーゼにはっきりと言われて、クロイレが目を丸くした。

 そして、動揺したような顔を見せながらヴェルディーゼに向かって尋ねる。


「な、なんで? 誰か一人には伝えないと……困らせちゃうよ。だから、クレリスに……クレリスに、伝えないと……」

「……別に、そのクレリスっていう人……ああ、影武者だったっけ。とにかく、そいつが犯人って言ってるわけじゃないよ。ただ、その可能性があるから誰にも言わずに姿を消すべきって言ってるだけ」

「そ、それは……そう、かも、しれない……けど」

「わかってるなら、どうしてそんなに頑なに拒むの?」


 紅い瞳に射抜かれて、クロイレが肩を強張らせた。

 荒い息が吐き出されて、クロイレはわけもわからずに身体を震わせる。

 クロイレにはわからない。

 自分がそれに執着する理由も、肩が強張る理由も、こんなにも呼吸が辛くなっている理由も、どれだけ黙って一時的に姿を隠せばいいだけと自分に言い聞かせても、震えが止まらない理由も。

 わからない。

 わからない――が。


「あ、後のことは、ぜんぶ、クレリスが、やってくれるはず……だから……大丈夫……大丈夫。……クラシロエスが潜んでいることが、本当なら……ヴェルディーゼが正しいって、わかってるから……」

「……迷惑をかけたくないから? 罪悪感で……そんなに震えてるの?」

「わからないよ……何も無いのに、こんなに震えてるんだもん。どうにか、したいんだけど……罪悪感……なの、かな」

「……それはそうだろうね。君は国王で、簡単に国を放って出ていくわけには行かないんだから」


 震えるクロイレを見下ろして、ヴェルディーゼは僅かに思案。

 数秒ほどの間を挟み、改めてクロイレを見下ろして頷く。

 眠らせてしまったお陰で、故意ではないにしろユリをパニックに陥らせることにはなってしまうだろうが、仕方がない。


「一日」

「……え?」

「一日だけ、身を隠して。僕がどうにかする」

「え、でも……一日で、ちゃんと身を隠せるほど逃げられないし……」

「クーレは知ってるでしょ。どうやって、僕達が森に現れたのか。他言無用だけど、それをクーレに使うのは構わないよ」

「……」


 どうする、とヴェルディーゼが視線だけで尋ねる。

 それを受けてクロイレは、しばらくの間口を噤み、静かに考え込んで、決然とした表情でヴェルディーゼを見上げた。

 こくり、と小さく頷いて、クロイレは言う。


「わかった。……お願い」


 不安そうな、しかし確かな声にヴェルディーゼは微かな笑みを浮かべ、そっとクロイレの肩に触れて転移させた。

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