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最高位邪神と転生眷属のわちゃわちゃはちゃめちゃ救世記  作者: 木に生る猫
クローフィ・ルリジオン

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治癒、懇願、命令、命令、命令、命令――

「………………ひろぉい……」


 ユリが目をぐるぐると回しながら呟いた。

 今ユリがいるのは、たった今案内された城の一室である。

 クレリスもクロイレがここまで心を開くのは珍しいからと二人に泊まるよう言ってきたし、クロイレも即座に城に泊まれるよう手配をしようとしていた。

 説明だって聞きたかったので、ユリは何とか緊張を抑えながらも泊まることを受け入れたのだった。

 そうして案内された部屋、そこは、途轍もない広さのある部屋だった。

 部屋の中で散歩ができてしまいそうだ。


「ひえ……ひええぇ……」

「……あっちにあるユリの部屋だって、そこまで変わらないでしょ」

「宿屋ってそんなに広くはないじゃないですか。ずっと野宿か宿屋で寝泊まりしてたのに、こんな部屋……あわわわ……」

「……はぁ。クーレは……仕事だっけ」

「あ……はぁい。クレリス様に引き摺られていました……」

「……じゃあ、しばらくは来ないか。うん」


 一人頷くヴェルディーゼをユリがきょとんとしながら眺める。

 するとヴェルディーゼはゆっくりと息を吐き、ソファーに腰掛けて隣へとユリを誘った。

 ぽんぽんと隣を叩いて促してくるヴェルディーゼを見て、ユリは何も言わないまま駆け寄って大人しくそこに座る。

 普段ならふざけたり照れたりするところだが、ヴェルディーゼの様子がおかしい。

 表面上はいつも通り、穏やかな笑みを湛えているが、その瞳があまりにも真剣すぎる。

 ヴェルディーゼの隣に腰掛けたユリが、不安そうにそっとその表情を窺うように彼を見上げる。


「……」


 するとヴェルディーゼは沈黙を保ったまま、ゆっくりとその頭に腕を回した。

 緩慢な動きで抱き締められ、ユリが戸惑いながらそれを受け入れ、その背中に腕を回す。

 頭へと回されたヴェルディーゼの腕は、そっと白銀の髪を撫で、そのまま首へと伝っていく。


「……ぁ、ぅ。……あ、あの……そろそろ、説明を……んん!?」


 バチン、と。

 ユリの頭で白が弾け、その身体が硬直した。

 嫌な感覚ではない。

 むしろ、ユリの思考が、靄が晴れたように回転を始める。

 戸惑いながらユリがヴェルディーゼを見上げれば、その手に魔力が渦巻いているのが見えた。

 とにかく、ヴェルディーゼに魔法で何かをされたらしい。

 起きた現象からして、悪いものではないのだろうが。


「……あ、の?」

「真っ向からじゃ、抗えないか。対策を、いや始末してしまった方が……」


 低音がユリの鼓膜を震わせた。

 ユリの声も聞こえていない様子のヴェルディーゼに、彼女は酷く不安そうな表情を見せる。

 するとどこか遠くを見つめて思考に耽っていたヴェルディーゼが突如としてその瞳に光を取り戻し、そっとユリの頬に触れて息を吐いた。


「……ごめん。驚かせたね」

「え、あ、はい、いや……まぁ、驚きました、けど……そんなことより、どうしたんですか? えっと……だ、抱き締めます……?」

「……ふぅ。僕は大丈夫、ユリの方が酷いよ。不安にさせてごめんね、大丈夫、大丈夫だから……」

「だ、大丈夫ばかり繰り返されても……説明してくれないと困ります……」


 何度も息を吐き出しながら、ヴェルディーゼがユリの頭を撫でて宥めるように大丈夫と繰り返す。

 その手を素直に受け入れながらも、ユリは困った顔をしてその紅い瞳を見た。

 確かにそこには、いつも通りの瞳がある。

 慈しむように自分を見下ろす瞳。

 ユリはそこに冷たさが無いのを確認して、少しだけ眉を寄せる。

 ヴェルディーゼの様子がおかしくなるのは、それなりにあることだ。

 それをヴェルディーゼは、唐突に冷静になるとユリに説明した。

 しかし今のヴェルディーゼにそんな様子はなく、冷静ではあるが冷たさは感じない。

 ならばどうして、とユリがヴェルディーゼの服の裾を握った。


「……説明が欲しいです」


 懇願するようにユリが言う。

 ヴェルディーゼは、慈しむようにユリを見つめて、優しく微笑んで――何も言わなかった。


「お願いします」


 ユリは請う。

 ただ、ただ、説明をと。

 それだけでいいのに、ヴェルディーゼは、いつもの表情で、優しい瞳で、ただただユリを見下ろしている。

 ふるりと、ユリが震えた。

 それは、これから起こることを、なんとなく予想していたからだ。

 記憶があるわけじゃない。

 それを覚えているわけではないけれど、その不自然さは、確かに記憶にあるものだから。


「あ、主様、やめ……」


 まるで許しを請うように、震える声をユリが発して。

 それを見下ろしたヴェルディーゼは、ただただ優しい紅の瞳を更に優しく細めて――


「忘れろ」


 ただ一言、命令を下した。

 だってそれは、その記憶は、ユリにはいらないから。

 そんな神故の傲慢さを以て、ヴェルディーゼは再度ユリに向かって言う。


「違和感なんて何も無い。何も無かった。何も起きてない。そう、ユリが不安がることなんて、何も」

「……あ……う、あ……?」


 その瞳から光を失うユリに、ヴェルディーゼは穏やかな声で、言い聞かせるように命令を発する。

 眷族であるユリは、それに逆らえない。

 それをよく理解しているヴェルディーゼは、ユリのために、ただ優しく告げる。


「何も無かった。怖がらなくていい。君は何もされてないし、治癒を受けることもなかった。何も知らなくていいんだよ」


 何度も何度も何度も、命令を重ねて。

 そうしてユリの記憶を奪い、ヴェルディーゼは優しく笑った。


「酷い光景も、裏切りも。きっと、今のユリじゃ耐えられないから」

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