本物の国王
ユリが唐突に入ってきたクーレと、隣に腰掛けるヴェルディーゼ、そして最後にクレリスと呼ばれたクロイレであるはずの人物を見る。
混乱を瞳に浮かべたユリは、しかしすぐに答えに行き着いた。
つまりは、目の前の〝クロイレ〟は、影武者だということなのだろう。
クーレが入ってきた理由は謎のままだが。
「……え、と、……どうして、クーレちゃんがここに……?」
「うーん……里帰り、かな?」
ユリが求める答えを返さないクーレ。
それに何とも言えない顔をしながら、ユリは〝クロイレ〟を見る。
見比べてみれば、〝クロイレ〟とクーレは顔立ちが似通っていた。
ふと頭に過った可能性、しかしユリはいやいやそんなと首を横に振る。
結局答えはわからず、ユリはヴェルディーゼを見た。
ヴェルディーゼは、何か考え事をしているらしくじっと二人を見つめている。
「ふふ。からかうのもこれくらいにして、そろそろネタばらししようかな」
クーレが楽しそうにそう言って、〝クロイレ〟の隣に立った。
そして、胸に手を当てると軽く礼をする。
「改めて――本物の国王、クロイレ・ルリジオンだよ。騙してごめん」
ぴし、とユリが固まった。
それは、ユリが一瞬だけ考えて、しかしすぐに振り払った考えだ。
それが当たっていたことを知り、ユリはギギギッと首を傾げる。
「……あの、じゃあ、私……国王様に、ちゃん付けで……?」
「うん、そうだね」
「ひィッ……!?」
ユリが顔色を悪くしてヴェルディーゼにしがみついた。
ヴェルディーゼはそんなユリをぽんぽんと撫でて落ち着かせつつ、溜息を吐く。
「……はぁ。領主のところ……クラリアの街に現れた時くらいからなんとなくは察してたけど……」
「ああ、やっぱり? ちょっと警戒してたから、バレてるかもとは思ってたんだ。……まぁ、今はそれより……」
くる、とクーレ改めクロイレが少し回って横を向き、クロイレの影武者、クレリスの方を向いた。
そして、小さく息を吐くとその頬を手のひらで包み込む。
じとっとした瞳でクレリスを眺め、クロイレはその優しい手付きに反して確かな怒りを感じる声で言った。
「クレリス。私が森の屋敷で襲撃されて、焦るのはわかる。これまでは隠し通せてたけど……ついに見つかったってことだから。……だけどそれを、何もしていない二人にぶつけちゃ駄目だよ」
「国王陛下……しかし」
「しかし、じゃないよ。いい、クレリス。私はあなたに怒りたくない。酷いことを言いたくない。だから、影武者という立場から逸脱してしまうようなことを、しないで」
威厳のある立ち振る舞いで、クロイレが告げた。
そして改めてユリとヴェルディーゼを見ると、頭を下げる。
「ごめんなさい、二人とも。クレリス……私の影武者は、私が屋敷を襲撃されたから警戒していただけなの。許してあげて」
「……まぁ、警戒してのこととはいえこっちから喧嘩を仕掛けたようなものだからね。言われなくても責めたりはしないよ。……ユリが怯えたのも……僕の圧だって理由の一つだろうし」
「あ、はは……わ、私は気にしてないですよ。ちょっと怖かっただけですから。ええ、と……クレリス、様? 気にしないでくださいね。……その……主様がごめんなさい……」
「……こちらこそ、申し訳ございませんでした。久々にクロイレ様の気配を感じ……襲撃のこともありまして、クラシロエスの者かと疑ってしまっておりました。謝罪いたします」
そう言ってクレリスが頭を下げるので、ユリがわたわたと手を振った。
そして、仕方のないことだからとクレリスを説得し、頭を上げさせる。
それにほっと息を吐いて、ユリはクロイレを見上げた。
「クーレちゃん……いえ、えっと……クロイレ様……? そ、そもそも、どうしてここに……?」
「様付けなんて、よそよそしいなぁ。寂しいよ。前と同じでクーレちゃんって呼んでくれていいから。まぁ、諸々の説明はしっかりと後でさせてもらうけど……今はそれより、質問に答えるね。クラリアの街の襲撃に居合わせたから、その対処と単純に王の業務に戻るため。屋敷にいることがバレた以上、あそこに留まる理由はないから」
「……病弱、とか、は?」
「嘘。ごめん」
言葉は軽く、しかし真剣な眼差しとその軽い言葉に込められた真摯な思いにユリが息を呑んだ。
目を伏せ、ヴェルディーゼを見上げて、ユリはクロイレに向かって微笑む。
「わかりました。クラリアの街でのことに対処してくれるのなら、私達はそれで。次はいつ会えますか? クーレちゃん……落ち着いてからで構いませんから、話をしたいです」
「うん。じゃあ、えっと……城に近いところにある宿を手配しようかな――いや。……お城に泊まった方が楽だよね。クレリス」
「承知いたしました」
「え、ええっ……!? お、お城に泊まるなんてそんな、宿くらい自分たちで探せますから!」
「クロイレ様がここまで心を開かれるのも、随分と珍しいことです。無理は言いませんが、もしよろしければ、泊まっていただければと」
あう、とユリが少し頬を染めて唸った。
それを眺めながらヴェルディーゼはそっとユリの手を握り、笑う。
「クーレのためならいいよ。聞きたいこともたくさんあるからね」
そして、目を細めてクレリスを見て、改めてそっとその口元に弧を浮かべた。




