王都到着
「ひっろ、でっか。壁でっか。王都でか〜……」
「……ユリが知性を失った……」
王都の内側から防壁を眺め、何も考えていなさそうな顔でユリが小学生みたいな語彙で感想を漏らしていた。
そして、そんなユリを見てヴェルディーゼは驚愕したような顔をしてそんなことを言う。
すると、急にユリが知性を取り戻してヴェルディーゼを軽く睨む。
「冗談に決まってるじゃないですか。なんで急にそんな顔……」
「冗談に決まってるでしょ?」
「う」
笑顔でヴェルディーゼに返され、ユリが声を漏らして顔を抑えた。
恋をしている人の満面の笑みを真正面から食らい、ユリが顔を赤く染めて震える。
ついでに顔もいいのでなおさらである。
「……笑顔の破壊力がバカみたいに高いし、そもそもさっきのは驚愕の完成度が高すぎます……っ。わからなかったことが凄く悔しい……」
「ふふ。だって、馬鹿ども――無駄に見栄を張る薄っぺらい者どもは、邪神の頂点たる僕が少し笑うだけで威厳が無いって文句を言うような奴らだからね。ポーカーフェイスくらい身に付くよ」
「大変そうですね。……私の前ではバンバン笑顔浮かべてますけど、リラックスできてるって認識で大丈夫ですか? 頭撫でます?」
「それはまた今度で。リラックスはできてるよ。……はぁ、あいつらの相手も、ここまでとは言わないからせめて無表情一つで乗り切れられれば少しは楽なのに……」
「無表情オンリーじゃ駄目なんですね……」
「駄目だね。威厳のある笑顏に偉そうな顔、見下すような顔……チッ、笑うなって言ったのはあっちなのに威厳のある笑顔とかわけのわからないものを要求してきやがって」
ヴェルディーゼの口調がおかしくなったので、ユリが苦笑いを零した。
わざとそういう口調をしているようには見えないので、物凄く鬱憤が溜まってこんな口調になっているのだろうなとユリが少し心配そうな顔をしてヴェルディーゼを見上げる。
「宿見つけたら膝枕で寝ますか。今ならお返しはぎゅっと抱き締めてくれるだけでいいですよ」
「……いや。……いや、うーん……しばらくこの苛つきを忘れられなかったらそうするよ。でもその前に、城に行こう」
「お城! 領主様のお手紙渡すんですね! ナイフもちゃんとありますか!?」
「あるよ。……問題は、ちゃんと会ってくれるかだけど。門前払いされたら困るなぁ」
「……そのためにナイフがあるのでは……?」
「いやほら……万が一がないわけではないから。ナイフを碌に見ずに門前払いとか」
「わぁーお……」
ユリが頬を引き攣らせて相槌を返すと、ヴェルディーゼは深い溜息を吐いた。
どうやら実体験らしく、ぽんぽんとユリがヴェルディーゼの背中を優しく叩いて労う。
ヴェルディーゼが気を取り直し、咳払いをしてから城へと足を進め始めた。
しかし途中でヴェルディーゼが真っ直ぐに城に向かうのをやめたので、ユリが目を丸くして行き先を尋ねる。
「主様、お城はあっちですよね? どうして曲がるんですか? 大通りから普通に行ける気がしますけど……」
「ああ……ごめんね、言い忘れてた。急ぎたいけど、ここで魔法を使うわけにもいかないから馬車に乗るよ。乗合馬車があっちにあるんだ」
「いつの間にそんなことを知ったのかとか気になりますけど、いつものことなのでスルーしますね。お城行きの乗合馬車なんてあるんですか? それとも、直通は無いけど近いところまでは行ける感じですかね?」
「うん。創世神を脅迫……んんっ。説得して細かい地図を貰ったんだ。かなり近くまで行けるから、今日中には……行けるかな……」
脅迫したらしい。
ヴェルディーゼは一応誤魔化してはいるが、ばっちり聞こえてしまったユリはくすりと笑う。
一応、創世神は不当にヴェルディーゼに嫌がらせをしているのである。
色々と未確定であり、本当に不当かどうかは議論の余地があるだろうが嫌がらせをしていることに違いはない。
情報を与えてくれないのである。
それをしてくれれば、仕事はもう少し早く終わって、この世界からヴェルディーゼは早くに去っていたかもしれないのに。
「……というか不安そうですね。本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないかな。詳細まで知ってるわけじゃないから。……あ、見えてきた。あそこだよ。……ちょうど近くまで来てるね、少し急ごうか」
ヴェルディーゼがそう言って問答無用でユリを抱き上げた。
短い悲鳴の後にユリが緩んだ笑顔を浮かべ、ぺたりと頬をヴェルディーゼの胸板に付ける。
そうすれば、ヴェルディーゼは優しい笑みを浮かべてユリの頭を撫でた。
ヴェルディーゼが少し急げば馬車が行ってしまうまでに到着し、ささっと乗り込む。
料金やら定員やらは乗り込む前の一瞬の間に確認済みである。
ヴェルディーゼはユリを降ろし、隣に座らせて笑った。
「窓際だよ、良かったね。景色がよく見える」
「嬉しいですけど子供扱いしてません? そりゃあ、王都に子供っぽい……というかちっちゃい子みたいなリアクションしてたのは私ですけど」
「ふふ」
迷惑にならないようこそこそとユリが話すと、ヴェルディーゼがくすりと笑った。
そのまま目を細めて頭を撫でられるので、ユリがきょとんとして首を傾げる。
「なんですか?」
「なんでもない。……いい子なユリが可愛かっただけだよ」
ユリが更に首を傾げた。




