フードと視線
「おいひい〜」
道を歩きながらユリが言った。
手には串焼きが3本握られている。
「……食べ切れる?」
「そんなに少食じゃないです。よく食べる方です」
「そっか……ならいいけど。ユリのはなんだったっけ?」
「鶏皮、アクアドラゴン、バジリスクです」
「……バジリスクって毒無いのかな……大丈夫?」
「毒抜きしてあるって言ってました。話聞いてないんですか」
ユリの冷たい声にヴェルディーゼが目を逸らした。
聞いていなかったらしい。
それにジト目になりつつ、ユリがヴェルディーゼが持つ串焼きに視線を向ける。
「主様のは……キメラ、シーサーペント、イエロードラゴンでしたよね。どうですか?」
「甘ダレが美味しい。あと食感が楽しい」
「……そうですか。今はどこに向かってるんですか?」
「んん……お皿売ってる店。ちょっと坂きついけど、大丈夫?」
「……たぶん、大丈夫……です」
「駄目だったら抱えていくね。さぁ、こっちだよ。あ、串焼きはゆっくり食べていいからね。僕はもう食べ終わったから」
「……早いですね」
「食感が楽しかったから」
ユリの言葉にそう答えつつ、ヴェルディーゼが進んでいく。
しばらくしてお皿を売っている店に着く頃には、ユリも串焼きを食べ終えていた。
「ふぅ、ふぅっ……ひゅー……っ、あう、うう……ぜぇ、はぁ……」
「……そんなにきつかった?」
「う……くらくら、します。酸素を、もっと……くださ……」
「あ、人前だから言葉の変換が入ってる……今はきついよね、敬語なくても大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸して」
「すぅー……はぁー……よ、よし……も、もう、だいじょ、けほっ……ふぅー……大丈夫です、もう平気です……」
「うーん……平気ならいいんだけど……もう少し早めに抱えるべきだったか」
「恥ずかしいので、もうやめてください……」
ユリがそう言いつつ店に顔を向けた。
小さめの小物店のように見えるそこが目的地らしい。
「中に置物が置いてありますね。猫と犬でしょうか……可愛い……あ、もう敬語になっていますね……うぐ……」
「外だからね。さぁ、入ろう」
「はい……」
ユリがそう頷いて扉を開いた。
店の中はシンプルだがおしゃれなデザインで、ユリが目を輝かせる。
そのまま目的のお皿を探し出すと、ユリがとことこと駆け寄った。
「……わあ。可愛いです……でも、お城には合いそうにないですね……残念」
「ああ、そういうのは考えなくていいよ? どうせ魔法でしまっておくし。ただ、お皿含めて目で楽しむことができたら良さそうだなって。別に一枚だけじゃなくて、何枚でも買っていいし……たくさんあったら気分に合わせて選ぶのも楽しいかもしれないね。気に入ったのはどれ?」
「……これと、これと……あと、これはお城の雰囲気に合うと思います」
「お気に入りではない?」
「……飾ったら、綺麗なんじゃないですか。ケーキを乗せて机に置いておいても。あとは応接室で使うとか……でしょうか」
「うーん……なるほどね。来客用か……いいかも。適当にそれっぽいの使ってただけだし……他にはある?」
「……これくらい、です」
「そっか、ならこれ買ってくるから、外で待ってていいよ。窓見て、向こうにベンチがあるでしょ? あそこで座って待ってて。疲れてたから、飲み物も買ってくるね」
「……いいんですか? むしろ、そういうのをするべきは……私、なんじゃ」
眷属という立場を考え、ユリが困りながらそう言うとヴェルディーゼが首を横に振った。
そして、軽くユリの頭を撫でて言う。
「疲れてる人にさせることじゃないでしょ。僕はまだ体力も有り余ってるし、大した労力でもない。気にしなくていいんだよ。……それにまぁ、好きな人に尽くすのもいいものなんじゃないかな」
「……そう、ですか。……それなら……わかりました。疲れているのは本当ですし……じゃあ、座って待ちます」
「うん。ああ、フードは取らないように。ごめんね、暑いよね」
「いえ……気になるほどではないので。気温も快適ですし……じゃあ、先に行って待ってますね」
ユリがそう言って店を出てベンチへと歩き始めた。
そこまで行くのに少し息を切らしてしまったが、ユリが無事にベンチまで辿り着くのに成功しヴェルディーゼを待ち始める。
すぐにユリが退屈し始めると、近くで二人組が目の前の広間の中心に立って礼をし始める。
「……? 何か始まるんでしょうか……お金取られないといいんですけど」
ユリがそう呟いて二人組を眺めていると、剣舞が始まった。
強い風圧を感じる、大迫力の剣舞である。
目を輝かせてユリがそれを眺めていると、強い風圧でフードがはためいて外れてしまった。
ユリがすぐに戻してキョロキョロと周囲を見回す。
「い……今、視線を感じたような……? わざとではないとはいえ、フードも外れてしまいましたし……主様、怒るでしょうか……うぅ……気のせいなのかわからないですけど、視線も怖いですし……わぷっ!?」
ユリが風圧で姿勢を崩した。
ベンチの背もたれに強く背中をぶつけそうになったところで、背もたれと背中の間に手を差し込まれる。
ユリがきょとんとしていると、真上からヴェルディーゼが顔を覗き込んできた。
「大丈夫? これがあるのはわかってたけど……うーん、風圧で背中を強打し掛けるとは思わなかったな……」
「え……あ……あ、ありがとうございます」
「いや。……で、フード外れちゃったの?」
「……う……そ、その……わざとじゃ、なくて」
「わかってるよ。ただの事実確認だから怖がらないで、そんなことで怒ったりしない。何か変なことはあった? 気のせいでもいいから教えて」
「……視線を、感じた……ような、気がします」
「視線……わかった、ありがとう。……まだ完全に僕の魔力が馴染み切ってないから、あんまり強く結界を張れないんだけど……」
「え? 声が小さいです」
「独り言だから気にしないで。これ飲み物だよ、剣舞を見ながらゆっくり飲もうか」
ヴェルディーゼがそう言うと、ユリがこくりと頷いてちびちびと飲み物を飲みながら剣舞を眺め始めた。