過剰な礼の理由
それから食事を終え、ユリとヴェルディーゼが元の部屋に戻った。
リュールは付いてこようとしていたが、いなくなって心配を掛けたことやそもそもくっつき過ぎ、などの理由でシュエルに連行されていった。
というわけで二人きりになり、ユリはヴェルディーゼの膝の上で出発の準備を進めていた。
「……って言っても、あんますることないんですけどねぇー……」
「何も言ってないけどね」
「脳内で言ったので。んーっと……うん、物資は大丈夫そうですね。準備は終わったし、ぎゅぎゅー……っと。主様〜、私頑張りましたよぉ。鎌だって使えました。攻撃できたかどうかは微妙ですが、投げましたから!」
「うん、えらいねー」
「わひゅっ!? ど、どこ触っ……痛っ!?」
「やっぱり怪我してる……何、気付いてなかったの?」
「け、怪我、ですか? いつの間に……全く気付いてなかったです。触られて初めて痛くなりましたし、大したことはないでしょうけど……」
しかし、ヴェルディーゼの顔を見てそれでも心配はさせたのだろうと苦笑いする。
そんな視線を受けたヴェルディーゼは、じとりとユリを見ながら怪我を治癒した。
過保護だなぁ、みたいな顔をしているユリを抱き締め、ヴェルディーゼがとても深い溜息を吐いて言う。
「心配しないわけがないでしょ。誰だって、僕からしたら凄く脆いんだから。元人間のユリなんて、なおさら」
「あ、う……ふへ……」
「僕目線じゃユリが怪我を隠してるようにも見えてたしね。はぁ……やめてよ、隠し事なんて。心配するから」
「……そういう主様は、隠し事してないんですか?」
「別にしてないけど……また怪しんでる?」
「前は隠してる気がするって言っても誤魔化されてましたけど、結局本当に隠し事してましたからね! 今度の私は騙されないですよ!」
ふふん、と胸を張るユリに愛おしそうに目を細めつつ、ヴェルディーゼがユリの頭を撫でた。
へにょへにょとユリが顔を緩めて甘える。
そのまま追及することなんて全て忘れてしまうので、ユリはとてもチョロかった。
「まぁでも。怪我はしたけど、本当によく頑張ったよね。自己分析もよくできてたから、僕のことを呼んだんだろうし」
「もっと褒めてくれてもい……じゃなぁい! だっ、騙されませんからね! 結局、隠し事は無いんですか!?」
「無いよ」
「……あれぇ? んんん……? ……んー、でも、なぁーんか違和感……?」
「そんなことより、もう褒めなくていいの?」
「あっいやそれは続行で。その間に隠し事をしてるかどうか考えるので」
「よく頑張ったねぇ」
「んふふふふふっ。んふ……ふふふ……」
ユリの頭から思考が吹き飛んだ。
チョロい、というわけではなくこちらはヴェルディーゼの魔法によるものなので仕方無い。
今回は興味本位ではなくユリが大切だからこそ秘密にしているので、絶対にバレたくないのである。
ユリをおびき寄せるためにリュールが攫われた。
そんな情報は、ユリの精神に良くない影響をもたらしてしまう。
そんなわけでヴェルディーゼが魔法まで使ってバレないようにしていると、ノックの音が聞こえた。
ふにゃふにゃになっているユリの代わりにヴェルディーゼが誰何すれば、やって来たのはシュエルとリュールだった。
もうすぐ二人が行ってしまうから、とリュールに言われては、流石にシュエルもこれ以上リュールを拘束する気にはなれなかったらしい。
「お姉ちゃん! ……あれ……? お姉ちゃん……?」
「……ふにゅー……」
「ああ、ごめん。さっきまで甘やかしてたから。ほら、ユリ。リュールとシュエルが来たよ。二人のこと好きでしょ、話さなくていいの?」
ヴェルディーゼがこんな状態にしたくせに、ただ甘やかしていたらこんな風になってしまったみたいな顔でユリに呼び掛けるヴェルディーゼ。
それにユリがきょとんとした表情を見せ、ふにゃっと笑みを浮かべた。
「二人のことも、主様のことも、大好きですよ〜……」
「お、お姉ちゃん……っ」
リュールが頬を抑えて身悶えた。
乙女みたいな顔をしている。
そんなリュールを落ち着かせるため、シュエルがぽんぽんとその頭を撫でた。
それを見ていたユリがすすすっとシュエルに寄ってくる。
「シュエルちゃん、シュエルちゃん。私も」
「えっ……わ、わかりました、ユリさん……」
「んんんんっ……! お姉ちゃん、かわいい……」
「……浮気……?」
ユリがシュエルに甘え、リュールはそれに再び悶絶し、ヴェルディーゼは真顔でユリを見つめて浮気かと疑う。
ヴェルディーゼの魔法のせいで、そんなカオスな状況が生まれていた。
とはいえヴェルディーゼは自分のせいであることも理解はしているので、とりあえず魔法で正気に戻す――前に一旦頭を撫でてユリが自分から寄ってくるのを確認して満足し、ユリを正気に戻した。
ハッとしたユリが固まり、顔を赤くする。
「……わ……私は何をっ!?」
「疲れてたんじゃない?」
「元凶が何言ってるんですかねぇ! まぁいいです、リュールちゃん、シュエルちゃん、いらっしゃぁい。どうかしました? 遊びに来たんですか?」
「うんっ。お姉ちゃんとお兄さん、もう行っちゃうから……お話したかったの」
「うーん、かわいい……いいですよぉ、何話します〜?」
ニコニコと笑みを浮かべながら言うユリと、楽しそうに話をするリュールを眺め、シュエルが嬉しそうに笑った。
そして、二人の邪魔をしないよう気を付けながらヴェルディーゼに向かって頭を下げる。
「改めまして、ありがとうございました」
「気にしなくていいよ。礼は充分に貰ったからね」
「ですが……」
「しつこい。まだ子どもの君がそんなに気にすることじゃないでしょ? 君は、感謝の念を持ち、そしてそれをちゃんと言葉にしてる。幼いんだから、それで充分だよ」
「……」
「だから、気にしなくていい。ほら、混ざっておいでよ。リュールのことも、ユリのことも、大好きでしょ。だから」
するりとヴェルディーゼが腕を伸ばし、無色透明の結界を張る。
ひゅ、とシュエルが息を呑み。
「だから、クラシロエスの誘いを断ったんだよね」
「……あ……」
「どうにも引っ掛かってたんだ。いつも二人は、一緒にダイニングに来る。必然的に、どちらかがどちらかの部屋に迎えに行っているはず。二人の部屋は隣同士だしね。……そして、どちらかが遅れたのなら、そのどちらかがもう片方の様子を見に行く。そしてそれを、あの誘拐の日に照らし合わせるのなら……リュールが遅れた側だとすると、シュエルは少なくともいつもより少し遅い時間にリュールの部屋に向かうことになる」
こくりと、シュエルが息を呑む。
そのまま後ずさるが、透明な何かに阻まれてしまった。
「さて。二人の部屋からダイニングに向かうとなると、子どもの短い足じゃどうしても時間がかかる。つまり、出発は食事の時間よりもかなり前。シュエルがそのまま、リュールの部屋に向かって。リュールがいないことを認識したのなら……走ってきたのなら、ギリギリの時間になるはずがないんだよ。二人はいつも早めに来るんだから、なおさらね。その理由は簡単、誘拐の現場に遭遇した君は、そのまま勧誘をされたから」
「……それ、は」
「さっきも言ったでしょ。君は誘いを断った。だから、動揺もしたし、遅れることにはなったけど……決してクラシロエスの味方をすることはなかった。……だから、そんなに過剰にお礼を言わなくていいんだよ。ほら、行って」
ヴェルディーゼが微笑み、シュエルの背中を押してリュールとユリの会話に混じらせ、満足そうな笑みを浮かべた。




