盗まれ落ちたぬいぐるみ、消えた少女
時間が経ち、ユリとヴェルディーゼは屋敷での最後の食事をするためにダイニングへと集まっていた。
そうして、リュールとシュエルを待ちながらユリが隣に腰掛けるヴェルディーゼに話しかける。
「主様、ぬいぐるみが無くなってたんですけど、知りません? どこかに落ちちゃったのかなぁ……」
「ぬいぐるみ? ……ああ、リュールと話してた……んー。……ちゃんとは確認してないけど、リュールがこそこそしてたから……持って行っちゃったんじゃないかな。様子もおかしかったでしょ」
「あー……確かにです……いやでも、勝手に持っていかなくても……主様がもう行っちゃうから、寂しくなっちゃったんでしょうか。それにしたって物を盗るのは良くないので、しっかり言わないとですね。……ぬいぐるみはまた作ればいいし、あげてもいいですけど」
ユリがそう言うと、フィルス家当主が頭を下げた。
こそこそと話していたのだが、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
それにユリは眉尻を下げて困ったように微笑み、ぶんぶんと手を振って言う。
「娘が申し訳ない。リュールにはしっかりと言って、ちゃんと謝らせますので……」
「ああ、いやっ……その、リュールちゃんがいい子なことは知っていますから、そんなに申し訳なさそうにしないでください。きっと、会ったら謝って返してくれますよ。ちゃんと返してくれたら、その時は強く叱るのはやめてあげてください。魔が差しただけでしょうから……」
「リュールが本当にごめんなさい。大丈夫、過度に叱るつもりはないから」
「いえいえ。奥様も、頭を上げてください」
ユリがフィルス家の夫妻に頭を上げるよう促すように言いながら、チラチラと扉を気にする。
そろそろ食事の時間だが、リュールとシュエルが来ていない。
リュールは食事も好きで、そして両親のことも好きなので、いつも早めに来ているのだ。
そして、その姉であるシュエルも、リュールと手を繋いで一緒にやって来る。
それなのに来ていないのはおかしいと、ユリが嫌な予感に細く息を吐く。
と、その時、慌てるような足音が聞こえてきて、バンッと扉が開け放たれた。
「お、お父様、お母様! リュールが!」
「どうした、シュエル。リュールがどうしたんだ?」
「リュールが、どこにもいないんです……! そ、それで、リュールの部屋の窓が空いていて……床に、ぬいぐるみが転がっていて……」
ぬいぐるみという言葉を聞き、ユリが立ち上がった。
そして、震えた声で言う。
「その、ぬいぐるみは……主様を模した……?」
「あ、ユリさ……は、はいっ、だから……! あの子があんな風に、ぬいぐるみを放るわけがなくて、それで……」
「……」
ユリが無言でヴェルディーゼを振り返る。
ヴェルディーゼが、リュールがいなくなったことを把握していなかったはずがない。
だから今も、至って冷静な顔をしているのだ。
全部、全部、把握していたから。
なんで、とユリの口から声が零れかけて、しかしユリはそれを噛み殺して言う。
「私が探します。主様、いいですよね」
「僕も行く、犯人には心当たりもあるから。……今から兵を用意しても、そう簡単に集まったりしないでしょ? 探すのは任せて、焦らずに兵を集めて。それで、集まり切ってもまだ見つかっていなかったその時は、兵を出動させればいい。不用意な行動は控えて。……特に、シュエル。屋敷から出ないで、誰かと一緒にいて。いいね?」
「っ……わかり、ました。……ご武運を……」
「行くよ、ユリ」
ヴェルディーゼがそう言い、ユリを抱えて屋敷を飛び出した。
そして、真っ直ぐに走る。
目的地がしっかりと定まっていないとできないその行動に、ユリはゆっくりと息を吐き出す。
「やっぱり、居場所も、全部……把握しているんですね」
「……うん。ごめん」
「どうして、ですか。どうして……」
「リュールが攫われそうになってるのはわかってた。だけど、その上で……僕は助けずに、リュールを囮にした。クラシロエスの拠点の場所を知るために。このままだと、ずっと付き纏われたままだと思ったから……」
「……はぁ。……わかり、ました。……リュールちゃんは、無事なんですよね」
「すぐに助け出せば、命が脅かされることはない。ぬいぐるみに小細工もしておいたしね」
小細工、とユリが鸚鵡返しに呟き、首を傾げた。
しかし今ぬいぐるみはリュールの部屋にあるので、不安そうに俯いた。
そんなユリの顎にそっと触れ、ヴェルディーゼが顔を上げさせながら安心させるように笑う。
「大丈夫、リュールなら抱き締めるだろうと思って、触れれば効果を発揮するようにしておいたから。本当に僅かだけど……リュールに害を加えようと思えなくなる魔法を仕掛けておいたんだ」
「時間稼ぎには……なるんでしょうか。でも、主様ならもっと直接的に守るような魔法も仕掛けられるんじゃ……?」
「それは否定しないけど、下手に結界なんか仕掛けたら壊そうと躍起になるだろうと思ってね。そうなれば、直接当たることはなくても武器やら拳やらがリュールに振り下ろされることになるだろうし……その恐怖までは防げないから」
「誘拐って経験そのものの恐怖は考慮に入れなかったんですか?」
「僕を狙ってくれれば手っ取り早いんだけどね。……どうしても潰しておきたかった。そのためには必要なことだった。……だからこそ、クラシロエスの拠点は潰して、リュールも一切の怪我なく救出する」
ヴェルディーゼが決意を込めて呟き、ユリを抱き締めて駆け抜けた。




