ぬいぐるみ
それから数日後、ユリとヴェルディーゼは物資の補給を終え、フィルス家の屋敷で最後の一日を楽しんでいた。
明日の早朝には二人は屋敷を出て、旅を再開する。
リュールとシュエル、というよりは主にリュールが二人に貸し与えられた部屋に入り浸っていたので、二人はかなり二人と仲良くなっていた。
シュエルは姉としてリュールのお守りをしていたので、ユリはもちろん自然とヴェルディーゼとも仲良くなっていたのである。
リュールは基本的にいい子なのだが、ヴェルディーゼのことを狙って時々飛びつこうとするので、お目付け役は必須なのである。
それはそれとして、初日にユリととても仲良くなったので話したいという気持ちもあるが。
「ふーん。ユリお姉ちゃんにお兄さんは渡さないもん」
「調子に乗りやがってぇぇ……いいもん! 主様に真に愛されてるのは私ですしー!」
「でもでも、ユリお姉ちゃん最近お兄さんに構われてないよね!」
「ひ、人が気にしてることをずけずけと! あ、主様!? 主様ァ!? こーんな幼気な子供に、こう、そういう感じの意味で気を引かれたりしないですよね!」
「……」
「主様!? ……もももももももしリュールちゃんによよよよよよよくじょ……あ、あんなことやそんなことしようとしてたら軽蔑しますよ!?」
「声が震えすぎて前半何言ってるのかよくわからなかったけど、からかってるだけだから心配しなくて大丈夫だよ」
「よかっ……よくなぁい!? 本気で不安になってるのになにからかってるんですか!」
ぷっくりと頬を膨らませ、ユリが怒る。
それをヴェルディーゼは笑い、ユリの腕を掴んで引き寄せてその頭を撫でた。
それをリュールは妬ましげに見て、ヴェルディーゼの片手を強引に引き寄せて自分の頭の上に乗せる。
「……主様のロリコン」
「こら。僕から構いに行ってるわけじゃないのに……手酷く追い払いはしないけど、度が過ぎればそれなりに邪険には扱ってるし。それなのに来るのはリュールの方だよ。……普通に僕はユリが好きで、リュールに靡いたりしないって本人の前でも言ってるんだけどね」
「それでもあきらめず、お兄さんを振り向かせることができたらそれはユリお姉ちゃんよりも私の方が上ってことですから。あきらめる理由にはなりません!」
「なーんか可愛い仕草で言ってますけど、略奪って言うんですよーそれ。悪いことです。人の恋人を奪ってはいけません。おわかりですかぁ?」
「お姉ちゃんこそ、人のこと妨害しちゃ駄目なんだからね!!」
ぐぬぬ、と二人が睨み合う。
ユリは子供相手とは思えないほどうざったらしい口調で煽っているし、リュールはこれみよがしにヴェルディーゼに抱きついて唇を奪おうとしたりと、中々カオスなことになっていた。
なお、リュールはユリのことはお姉ちゃんと呼ぶので、別に嫌っているわけではなかったりする。
ただ、ヴェルディーゼが絡むと敵意マシマシになるだけで。
「……リュール? ユリさん? その辺りにしておきましょうね?」
「「はっ、はい!!」」
そして、そんな二人を一瞬で大人しくさせるシュエル。
これも既に日常のことになっているので、いつも通りじりじりとにじり寄ってくるリュールを躱してユリを抱き締めるヴェルディーゼ。
そして、リュールの頭を撫でつつヴェルディーゼはユリを宥める。
慣れているのかリュールはすぐに復活するが、ユリはしばらく震えてしまうので。
「……ううぅ……主様〜。シュエルちゃんが理不尽です……主様は私の恋人なんですから、抵抗するのは当然のことのはずです……」
「はいはい。間違ってるのはやり方だっていつも言ってるよね。……まぁ、本気で言ってないのがリュールにも伝わってるからリュールも動じないんだろうけど」
「リュールちゃんの泥棒猫! うぅー!」
「お兄さん、ねこ好き? 私、ねこなんだって。にゃんにゃん!」
「……ぁー……はは……」
「んふふ……ふ?」
ふとリュールがきょとんと首を傾げ、近くにあった棚を見上げた。
そこには、小さくも精巧なぬいぐるみが置かれている。
それはヴェルディーゼを模したもので、リュールが目を丸くしてユリを見た。
「……ユリお姉ちゃん、これ……」
「はい? ……あ、ぬいぐるみ。そういえば昨日作り終わって飾ったままでしたっけ……」
「ユリお姉ちゃんが作ったの!?」
「え? まぁ、はい……え、ええっと……?」
ユリが頷くと、リュールがヴェルディーゼから離れてユリに迫ってきた。
そのまま真顔で近付いてくるので、ユリが戸惑いながら困ったように笑ってリュールを見る。
リュールはジッとユリを見て、しかし口元をまごつかせると何も言わずにヴェルディーゼの膝の上に戻った。
「……すごいね。お姉ちゃん、ぬいぐるみ作れるんだ」
「え、はい。作れます」
「……ぬいぐるみって、作るのむずかしい……?」
「んー……慣れてないと危ない、ですかね。あとは、綺麗に作るならそれなりに難しいとは思います。時間も掛かりますし……」
「そっか……」
「リュールちゃん?」
「なんでもなぁい。……お兄さん! お姉ちゃんじゃなくて、私をあまやかしてほしい!」
「……少しくらいはいいけど……」
「なぁっ!? あ、主様!? 駄目です! 駄目ですってばー! なんでリュールちゃんばっかりぃ!」
ユリがそう叫び、すぐに力尽きたように、そして悲しげな表情をしながらぽふんとその場に蹲った。




