フィルス家
フィルス家。
ユリとヴェルディーゼが偶然襲撃に居合わせ、助けることになった兎人族の一家の名である。
フィルス家は小さい上に没落しかけではあるが貴族らしく、小さくも立派な屋敷を持っていた。
「すみません、お世話になっちゃって。没落しかけていると仰っていましたよね、もてなしが辛いようなら全然……」
「いえいえ、恩人にそのようなことはできません。それに、些細なもてなしができないほどではありませんから、お気になさらず」
フィルス家当主が笑みを浮かべ、遠慮しようとするユリに茶菓子を差し出した。
現在二人は屋敷の応接室におり、フィルス家にお茶を振る舞われていた。
「……子供を優先して守ったけど、ご夫婦には怪我は無かったかな?」
「お気遣いありがとう。どこにも怪我はないよ。間一髪で盗賊を殴り飛ばしてくれたからね」
和やかに会話を交わし、二人は屋敷に泊まることになった。
物資の補給などもあるので、数日ほどお世話になることになり貸してくれた部屋の中でユリは物憂げな顔をしていた。
ユリはヴェルディーゼがいないと悪夢を見るので、しっかりと同室である。
「はぁあああ……没落しかけの貴族とか、予想できないですよ……それなら断ればよかったです……流石に申し訳ないぃ……」
「まぁいいんじゃない。ざっと探知したけど、本当に困窮してるわけではなさそうだし……」
「しれっとプライバシーを侵害してるけど主様が有能すぎるぅ……。……有能、か……?」
「神だからいいんだよ」
「横暴だー。……んまぁ、主様が大丈夫って言うなら、大人しく過ごすくらいにしておきますけど……にしても……んむむ」
少し不満そうな顔をしてユリが抱きついてくるので、ヴェルディーゼが首を傾げた。
そして、頭を撫でてやるとユリはとても嫌そうに息を吐き出す。
「あの子の目……嫌です。あの目は絶対にっ……ああでも、あんな小さい子にこんな感情を抱いてる私も、うぅ〜……」
「……ああ。妹の方の?」
「主様に助けられたからでしょうね。あれは絶対っ……! 恋をしている目ですっ……!」
「……で、モヤモヤと自己嫌悪で死にそうになってるんだね」
「はぁい……いやまぁ? 主様、目の前で盗賊を殴り飛ばしたわけですし……気持ちはわかりますよ。わかりますけど、主様は私の恋人ですし、恋心を抱くのはしょうがないにしてもあんなあからさまな目をされるとモヤるわけでして……うぅ〜! だけどちっちゃい子にこんなこと思ってる私が嫌だ〜〜!」
「あんな小さい子に靡いたりしないから、不安がる必要は無いよ?」
「わかってますよぉ。主様、あの子の言葉ぶった斬ってましたもん。それはそれとして、です……はぁ〜……」
ユリがそう言ってだらしなくヴェルディーゼにもたれかかっていると、コンコンとノックの音がした。
慌ててユリが姿勢を正し、扉を開ける。
するとそこには、フィルス家の息女の二人がいた。
「こんにちは、お姉さん。妹が行きたいと言って聞かなくて……お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「はいっ……あ、えーと」
「ん? 僕は別にいいよ」
「大丈夫だそうなので、入ってどうぞ。その……こっちがお世話になってる立場ですし、何も出せませんけど」
「大丈夫ですよ、お客様にもてなしをさせるわけにもいきませんし……あ、こら、リュール!」
微笑みを浮かべながら話す姉を見つめていた妹、リュールが突如として走り出してヴェルディーゼを見上げた。
リュールは少しの間躊躇うように口をまごつかせると、パタパタとウサミミを揺らしながら口を開く。
「あ、あのっ! リュール・フィルス、です! よんさいです! えと……お姉さまの妹です! たすけてくださって、ありがとうございます!」
「……わざわざお礼を言いに? ふふ、どういたしまして。いい子だね」
「えへへ……」
「こら、リュール。一人だけにご挨拶をするのは失礼でしょう?」
「あっ、うん、お姉さま! え、えっと、ね! お、お姉さん! 私、リュール・フィルスです! お姉さまのことをたすけてくれて、ありがとうございます!」
「……私はユリです。当然のことをしたまでですから、あんまり気にしなくてもいいんですよ。でも……どういたしまして。よければ、リュールちゃんとお呼びしても?」
「はい! ユリお姉さん!」
やっぱりヴェルディーゼへと向ける視線は恋する乙女だが、それでもリュールは人懐っこくユリにも元気に挨拶をしてくれたので、ユリも笑顔でそれに応じた。
そして、姉の方に視線を向けると彼女はカーテシーをし、自己紹介を始める。
「妹がごめんなさい。私はシュエル・フィルスと申します。改めまして、助けてくださりありがとうございました。私達にできるのはこんなことだけですが……ほんの少しでも、恩を返させてください」
「シュエルちゃん、ですね! よろしくお願いします。……あの、本当に……恩返しをされるようなことでは……」
「謙遜なさらないでください。あのままでは、私達は……その、酷い目に遭っていたでしょうから」
「…………それは、そうかもしれませんけど……」
「まぁまぁ。気になるようでしたら、少しお話でもしませんか? ……リュール……妹は、そうする気満々みたいですし」
「……そう、ですね。……そうしましょうか」
ユリが苦笑いし、頷いて話をし始めた。




