交流区と串焼き
翌日、ユリはヴェルディーゼが案内してくれた衣装部屋に早朝から引き籠もり、服を選んでいた。
ユリは日本人なので元は綺麗な黒髪をしていたが、今はその真反対とも言える白銀色の髪をしている。
元から好んで着ていたような服も顔立ちは変わっていないし似合わないことはないだろうとは思うが、せっかくなら髪色を際立たせられる服をユリは選びたいと思っていた。
「この髪色なら、やっぱり暗めの色の方が映えるかな……あ、あと、ローブを着るんだったら、厚みのある服は着ない方がいいよね……交流区っていうところって、温度はどうなんだろう? んん〜、こっちの服もいい……迷うなぁ……いっそのこと、主様に意見を貰うとか? お皿の処理だってしてくれたし、新しいケーキも……半分くらいは食べてたから、小さめにもしてくれてたし。少なくとも悪い人じゃ……あっ、わああっ、いやいやいや……! あれで心開いちゃうのは流石にチョロすぎ……!」
ユリが頭を抱えて呻き声を上げた。
しばらく悶絶して気を取り直すと、暗めの色のシンプルなワンピースに決めて次は髪型を考え始める。
「服はシンプルだし……髪型も凝りすぎるよりシンプルな方がいいかな。下の方で括って……ん〜、リボンは……赤色かな。……こんな感じで……前髪は……自然な感じでいいかな。前髪、いつも通りだけど長いから目に掛かってちょっと痒いけど……よし、上手く調整できた。……うん、こんなもんじゃない? この髪色で前髪長くてもおかしくないかちょっと不安になっちゃうけど、誰にも見せないし……う、主様は見るんだっけ。……まぁ、いっか……」
ユリがそう呟き、衣装部屋から出るために扉を開けた。
すると視界に礼服――いつものヴェルディーゼの服が広がり、ユリが驚いてよろけ、転びかける。
サッと腕がユリの腰に回され、転ぶ前に支えられた。
「ごめん、近かったね。大丈夫? ずっと籠もってたから、少し声をかけようと思ったところで……ごめんね」
「い、いえ……すみません。そ、そんなに長く籠もってましたか」
「うん、それはもう。かれこれ2時間くらいかな……女性の身支度は長いって言うけど、扉から遠いところにいたのか声すら聞こえないから、ちょっと声だけ掛けようと思ってたんだ」
「に、2時間も……? ……確かに、色んな服があるからかなり迷ってはしまいましたけど……」
「うん、2時間も。……ああ、そうだ。その服に決めたの?」
「……はい」
ユリが少し照れながら頷くと、ヴェルディーゼが一歩距離を取ってユリの全身を眺めた。
そして、また近付くと口角を上げながらユリの頬に手を添える。
「凄く似合ってる。可愛いよ。ちょっと大人っぽいかな? うん……凄く似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
「髪型も新鮮だね、一ヶ月間ずっと同じだったから……それにリボンの色も。意識はしてないだろうけど……」
「リボンの色……?」
「……ううん、僕の目の色と同じだなーって思って。偶然だろうけどね。でも、似合ってて嬉しいよ」
「う、う、うぇっ……!? わ、わああ、本当だ……う〜……」
「似合ってるし僕以外にはどうせ見せないから、そのままでいいよ。準備はいいかな? このまま飛んでも大丈夫そう?」
「飛ぶ? って……もしかして、転移……ですか? テレポート……?」
「転移、テレポート。どっちでもいいけど……とにかく正解だよ。正式名称は転移かな。ふふ、手を繋いで」
ヴェルディーゼがそう言って手を差し出すと、ユリがおずおずとその手に自分の手を重ねた。
ヴェルディーゼがユリの手を引っ張り、自分の方へ引き寄せながらユリにローブを着せて魔法を発動させる。
そして、城から2人の姿が掻き消えた。
◇
ちょっとした浮遊感を感じ、固く目を閉じて身体を縮めていたユリが肩を叩かれてそっと目を開いた。
恐る恐る辺りを見渡せば、周囲はがやがやと騒がしくこちらを見つめている。
ユリがヴェルディーゼを見上げると、ヴェルディーゼはユリに視線を向けないままその身体を引き寄せて苦笑いした。
「やっぱり目立つなぁ。ふふっ……」
くすりと微笑んだ後、ヴェルディーゼが周囲を見回して少し目を眇めた。
笑顔は消さないまま、ヴェルディーゼが周りに冷たい雰囲気を纏わせる。
そして、いつもより少し低い、良く通る声で告げた。
「……僕は見世物じゃないんだけど?」
「ひゅぇっ」
1番にユリが悲鳴をあげた。
視線が散るのを確認しつつ、ヴェルディーゼがユリの背を軽く叩いて落ち着かせる。
「ごめん、怖かった? 大丈夫だよ、ちょっと邪魔な人達を追い払うために威圧しただけだからね。大丈夫……」
「……も、もう大丈夫ですから……ちょっとびっくりしただけで……あ、あの、その……も、もう行きましょう……? どっちに行きますか……?」
「ああ、そうだね。じゃあ……向こうだったかな? 美味しいって評判の露店があるんだ、ちょっと行ってみない?」
「……何が売ってるんですか?」
「串焼きと魚。あとたまにスープ。タレを掛けたお肉とかの普通に美味しいものからゲテモ……変わり種まで。神は珍しいものをよく好むからね。……普通に美味しいものを好む神も多いけど」
「……ゲテモノ……」
「店主が創造した世界の魔物のキメラの肉とか。料理好きで、世界は完全に食材調達用なんだって。まぁ、放置してるわけでも理不尽な振る舞いをしてるわけでもなく、ちゃんと運営してるから僕は文句ないけど」
「……ゲテモノは大丈夫です……」
「ドラゴンの肉とかあるらしいよ。あとシーサーペントとか」
「……きょ……今日は……いや……うーん……まぁ、気になりますけど……」
美味しいのかどうかわからないし、とユリが目を逸らした。
それに微笑みつつ、ヴェルディーゼがユリの手を引いて歩いていく。
少し歩き、ヴェルディーゼが小さなテントの近くで止まった。
テントには長蛇の列ができている。
「……長いね。待つのは平気? 嫌なら今度でもいいけど」
「あ、大丈夫です……もっと長い行列とかも並んだことありますし……」
「そっか、じゃあ行こうか」
そう言ってヴェルディーゼが列に並ぼうとすると、並んでいた神達が一斉に横に移動して道を開けた。
ユリがギョッとしてヴェルディーゼを見上げる。
「……あの、これ」
「あー……こういうところ行かないから忘れてた……まぁ、並んだら前の人達が気が気じゃなくてストレス掛かりそうだし……行こうか」
「は、はい……こんなことあるんですね……」
ユリがそう言いながら遠慮がちにヴェルディーゼと共にテントの中に入っていった。
中には簡単なカウンターと椅子がいくつか置かれている。
「いらっしゃ……え?」
「おすすめはある?」
「えっ……」
店主の困惑に触れることなくヴェルディーゼが尋ねた。
唐突な最高位邪神の訪問に店主が固まっていると、ユリがカウンターに近付いていく。
「あ、あの……店主、さん?」
「あ……ああ、なんだ、嬢ちゃん……あの方の連れ……なんだよな……?」
「えっと、はい。一応……あの、ドラゴンのお肉があるって聞きました。どんな味なんですか……?」
「味か……とにかく濃いんだ、タレがいらないくらいな。んで……複雑な味がするから説明が難しいんだが……ああ、一口食ってみるか? ちょっと待ってな、時間がかかるんだ……あー……最高位邪神様は……」
「僕は何でも。……んー、貰えるなら貰おうかな、せっかくだし……気に入ったら買うよ」
「そ、そうですかい……あーでは、好みでも聞きましょうかね。それに合わせておすすめしましょう」
「おぉ……! そんなことができるんですね……!」
ユリがローブの奥で瞳を輝かせた。
そして、わくわくとした様子で好みを語り始める。
「……なるほどな。じゃあ嬢ちゃんは鶏皮の塩と……それならアクアドラゴンの肉とか好きかもな」
「……アクアドラゴン? 水属性のドラゴン……ですか?」
「ああ、ドラゴンは属性によって味が変わってくるんだよ。今試食用に焼いてんのは属性を持っていないドラゴンの一種で、1番クセの無いグリーンドラゴンってやつだ。食感は……牛が近いか? 柔らかくて脂が甘い。属性を持っていないのはいくつかいるんだが、そいつらは味はそこまで変わらねぇ。変わんのは食感だな。味が気に入ったらそっちも好みに合わせて出してやるよ」
「わぁあ! 嬉しいです!」
「っと、試食用の肉が焼けたな。ほれ。熱いから気を付けろよ。……あーっと……最高位邪神様も、どうぞ。お気を付けて……」
「うん、ありがとう」
ヴェルディーゼが笑顔で肉を受け取って頬張った。
ユリもローブで顔は見えないながらも明らかにうきうきとした様子で受け取り、恐る恐る齧り付く。
「あふ……んん、むぐ……美味しいです! これ単体で食べるのが美味しいですね、他のものとは合わせづらそう……」
「そうだなぁ。掛けるなら塩だな、タレはいらねぇ。ここは好みだが、塩もいらねぇくらいだ。嬢ちゃんはいるか?」
「……ちょっと試してみたいです」
「そうか、ほらよ。掛けすぎには気を付けろよ? 元が濃いからな、塩辛くなっちまう」
「はい! そっと、そーっと……ですね。よし……んぐ……こっちも美味しいです……! うーん……もう少し少なくした方が好みかもしれないですね……これくらい? ……おお、美味しいです……! あの、主様はどうですか?」
「僕はそのままが好きだよ」
「そ、そうですかい。んで、買っていかれますか?」
店主がそう尋ねると、ヴェルディーゼがカウンターに近付いて手のひらを開いた。
そこからジャラジャラと金貨が現れる。
「はい。おすすめで頼めるかな?」
「……気に入っていただけたようで。今すぐお作りいたします」
「うん。ああ、過剰分は迷惑料。神はそういうのは気にしないけど……席はあるのに、誰も入ってきてないでしょ。僕に遠慮してるせいだろうからね」
「悪い噂が多い割には、気を配れる方のようですね。ではサービスしますよ、お2人の舌に合わせたタレを今すぐ作らさせていただきます。そうお時間は頂きませんからな」
「ああ、いいの? じゃあ遠慮なく」
ヴェルディーゼがそう答え、店内でくつろぎながら待ち始めた。