思わぬ収入
くるん、とユリがその場で回転する。
ワンピースの裾がふわりと踊り、広がった。
「じゃじゃーん! 可愛いでしょう! どうですか主様!!」
「可愛い」
「わんもあわんもあー! もう一回! 褒めてください!」
「可愛い。凄く可愛い。清廉な感じがして凄く似合ってる。僕に染めた……いやなんでもない。店員さん、これの色違いってある? 赤とか……あ、黒ならある? ありがとうそれも買うよ」
「あ、主様が凄く早口に……!? というか一着だけって話だったじゃないですか! 燃えちゃった服の代わりを一着! 節約したいからって、主様が決めたのに! 駄目ですよ駄目ですよー!」
ユリが必死に止めようとするが、ヴェルディーゼが笑顔でそれを無視して服を二着購入した。
そのまま店を出ていくので、ユリが慌ててそれを追いかける。
「もう! 待ってください、主様! 置いていったら私迷いますよ!?」
「大丈夫、ユリが迷わない程度に先を歩いてるだけだから」
「私が止まったら私は迷うってことですね!」
「気配くらいどこにいても把握してるよ」
「こ、こわ……と、とにかく置いて行かないでください! で、なんで二着も!?」
「白も捨てがたいんだけど、やっぱり僕としては黒とか赤とかの服を着てほしいからね」
「うぉぁー……照れるぅ……」
ユリが顔を赤くしながら走り、ヴェルディーゼに追い付いた。
そして、ヴェルディーゼが持つ袋を覗き込み、確かに服が二つ入っているのを確認して息を吐く。
少しでも節約したいから一着だけにしようとヴェルディーゼが言い出したのに、結局二着買っているのである。
それが許されるのならば、色違いより別の服を買いたかったと思うユリ。
「……んま、節約って言いながら自分で作れるくせに服を買いに来てる時点で矛盾してるんですけど」
「折角の芸術の街だからね。目立たないけど、服の質もかなり良い。お金は観光にはあんまり使えないからね、このくらいはしてもいいと思って」
「……それはそうですけど。にしても賑やかですよねぇ……王都への道中にあるから寄りましたけど、うん……良い街です」
「そうだね。……ちょっと騒がしいけど」
「音楽はお嫌いですか?」
ユリがそう言いながら周囲を見た。
詩人らしき人々が詩を口ずさんでおり、道を歩く人は足を止めて聞き入ったり、時折お金を足元の箱に投げ入れる人もいた。
「嫌いじゃないけど、ここはちょっと……人が多いから、音が重なって騒がしいかな……はぁ」
「あはは……それはまぁ、そうですよねぇ……これだけ詩人さんが多いなら、ここには何かあるんでしょうけど。そういうルールとか、あるいはなんというか……ここで歌うと良いことあるよ的な伝承とか……」
「例えが凄くふんわりしてるね。……確かに、ここに密集してるからね。何かあるのは間違いなさそう……あ。……これだけ密集してるなら、ユリが紛れたところで目立たないんじゃない?」
「えっ、嫌ですよ。何のために……あ、お金稼ぎ……」
「うん」
「……あ、主様もなんかやってくださいよ! これまでは一人でやってきたんですし、主様の方がきっと得意ですよ!」
「それは……まぁ稼げるけど、ユリがやった方が手っ取り早いよ。ね?」
「ね? じゃねぇですぅ……嫌ですぅー……」
ユリがそう言いながらべっとりとヴェルディーゼにくっついた。
どうしても恥ずかしいのでやりたくないらしい。
またユリの歌が聞きたかったのだが、そんなに嫌なら仕方無いとヴェルディーゼが肩を竦めて諦める。
「……さて。そろそろ宿屋も探さないとね」
「ですねー。ここには一日だけ滞在するんでしたっけ。で、食料とか諸々の調達……?」
「うん。でも、疲れたから今日はいいよ。一泊しちゃおう」
ユリが頷きながら周囲を見た。
二人がいる街は、芸術で有名な街である。
地道に草原を歩き、ただ見えてきた街に入っていっただけなので二人は後からそのことを知ったのだが。
とにかく、二人は通りがかっただけのこの場所にはあまり滞在できそうになかった。
何せ、悲劇に見舞われたあの街に、早く支援を届けなければならないので。
「やーどーやー。うーん、建物が芸術的過ぎて何の店とかよくわからないんですよね……」
「特徴を掴めばなんとかわかるよ。……ほら、あそことか。ジュース売ってる」
「……ジュース……じゅるり。……ハッ、なんでもないです」
「ふふっ、死んでから飲んでないもんね。値段は……うん、安いし……あれくらいならいいよ。買ってくるから……んー、座る場所無いな……あ。……この辺なら目立たないだろうから、ここで立って待っててね。あっちはちょっと人が多いから、ユリは迷うかもしれないし……」
「うぐ……た、確かに。……わかりました、大人しく待ってます」
「じゃあ、そこから動かないでねー」
ヴェルディーゼがそう言い、ジュースを売っている出店へと向かった。
その後ろ姿を眺めつつ、ユリは暇だなあとぼんやりと空を見上げる。
そしてまたヴェルディーゼの方を見ると、出店には多少ながら人が並んでおり、少しだけ時間がかかりそうだった。
退屈しながら、ユリがぼんやりと道を見る。
楽しそうに詠う詩人に触発されて、ユリが暇潰しにはいいかと小さく鼻歌を口ずさみ始めた。
聞かれるのは恥ずかしいが、歌うのは嫌いではない。
これだけ騒がしいのなら、自分の声くらい掻き消されるだろうと。
「ふんふんふーん……」
「ただいま。大繁盛だね、ユリ?」
「……はぇ? ……え? あ……え、何!?」
気付けば周囲に人が集まっていて、何故か足元にあった箱にはお金が投げ込まれているのでユリが目を丸くしていた。
ボーッとしていたせいで気付けなかったのだろう。
元々騒がしかったので、自分の周囲が少し騒がしくなった程度では違和感を抱けなかったらしい。
ユリが目を丸くしながらヴェルディーゼを見上げ、その笑顔を見てキッと眦を吊り上げる。
「あ、あ、主様っ……わかっていて私をここにいさせましたね!?」
「暇潰しに鼻歌でも歌って稼いでくれないかなって。歌上手な人って鼻歌も綺麗だったりするよね。そもそもそういう歌……なんて言ったらいいんだろう? ここで歌われているのは詩みたいな感じだからね。そういう感じの歌は無いから、新鮮だったんじゃないかな。……あ、詠うと歌うの差か。なら、詠うって言った方が正しいね」
「なんとなくわかりますけど声だとすっごくわかりづらいです。……あ、あうぅ……お、大勢の人にこんなぁ……あ、ありがとうございます、あの、ええと……」
「ほら、歌は終わり。散って」
ヴェルディーゼがユリを抱き締めながら軽く威圧すると、蜘蛛の子を散らすように観衆が去っていった。
それを確認し、ヴェルディーゼがしれっとお金を回収しつつユリにジュースを手渡す。
「はい、飲んで」
「……怖がらせちゃ駄目じゃないですか」
「そんなに威圧してないよ。ちょっと怒ってるな、って思わせただけ。ほら、行こう」
「……はい……あ、これ美味しい」
「さて、さっさと宿を見つけないとね」
ぽんとユリの頭を撫で、ヴェルディーゼが呟いた。




