不安
ユリが鼻歌を歌いながら料理をお皿に盛り付ける。
そして、両手でそれを持つと、平らな岩の上に置いた。
「はっはー! 席につけーぃ! 飯の時間じゃぁー!」
「急におかしくなるユリのことも愛してるよ」
「ふへへ……唐突にネタに走りたい気分になりまして。……まぁ、本当はクーレちゃんのことが恋しくなってテンションで吹き飛ばそうとしただけなんですけど……そ、それより見てください! 彩りを気にしてみました!」
「ん? ……おぉ。……お皿の周りに花びらが散らしてある……」
「えへへ……今日のご飯、ちょっと全体的に茶色で……彩りがなかったから野草でもと思ったんですけど、いい感じの美味しい野草が近くにあんまり無くって……仕方無いので、お花を周りに。食べないでくださいね? 毒のあるやつは避けてますし、虫は深淵で脅してどこかに行かせて、深淵で周りをなぞって綺麗にはしましたけど……だからって食べられるわけじゃないですし。美味しくないし……」
「わざわざそんな面倒なことをしてまで彩りを追加しなくてもいいのに……嬉しいけどね」
「えへへぇ……喜んでもらいたくて。……にしても虫って深淵で逃げるんですね。本能ですかね」
ユリがそう言って首を傾げる。
流石に虫を料理に近付けたくはなかったので、とりあえず深淵を出してみたところ逃げていったらしい。
そんなユリの話を聞きながら、ヴェルディーゼは特に何も無いところで悲鳴をあげていたなと料理を待っていた時のことを思い出す。
深淵を出したら急に虫が逃げていったので、びっくりして悲鳴をあげてしまったのだろう。
「深淵はねー……本能が近付くなって訴えるからね。まぁ、敵の足元にポンッと出現させられるのが深淵魔法なんだけど」
「ひぇ。……そう考えると、深淵魔法しか使えないって縛りはあるけど有利な方なんでしょうか……同じような体質の人はいるんですよね」
「いるね。……親しいのだと……ああ。攻撃が一切できないのがいるよ。その代わり、防衛には秀でてるけど。……反撃ができないから、最弱とか、最低位神って揶揄されちゃうんだけどね。はぁ……まぁ、あの子は落とし穴作って出られなくしたりとかはできるけど」
「落とし穴……」
「体格的にも不利だしね。あの子武器も使えないし。興味本位で体験させてもらったけど、あの落とし穴は凄かったな……自分の城に引きこもってるから、基本的に外出とかしなくて常に付きっきりで脱出を妨害されるし、なんならどんどん地下に落とされるし」
「……仲、良さそうですね。あの子って呼び方。男の人ですか? 女の人ですか?」
「……」
空気がじめっとし始めたので、ヴェルディーゼがユリを無視して食事を口に運び始めた。
このままだと食事が不味くなりそうだったので。
なんとなくそんなヴェルディーゼの思いは感じ取っているのか、ユリはそれをジッと見つめながらも追及することはなかった。
しかし、無言で隣に座ってぐいぐいと身体を寄せてくる。
「……あーん」
「あむ」
なんとなくヴェルディーゼが食事をユリの口元にやっても、しっかり受け取るが機嫌を治すことはなかった。
拗ねた様子は無いので、機嫌が悪いというよりは不安なのだろうが。
さっさとユリと話をするため、ヴェルディーゼがせっせと食事を口に運んでいく。
「……元カノですか?」
「げほっ、んぐっ……な、何?」
「元カノなんですか? ……それとも……元カレ……?」
「…………なんでそんな発想になったのか、本当にわからないんだけど……違うよ。初めての恋人はユリだからね」
「……本当ですか?」
「あの子、小さいし……恋愛対象にはならないなぁ。顔見に行くと常に顔引き攣らせてるから、そもそもあっちが全力で拒否するだろうし。……まぁ……からかったりはするけど……」
「詳細に」
「え? 詳細に……からかいの内容? ……んー……転ばせるとか、かな。あとは……手握ったり」
「ん゛ー!!!! 手握るとかっ、恋人同士のアレじゃないですか! 酷い! 浮気者!! で!? 結局性別は!?」
「女の子だよ。背はこれくらい」
そう言いながらヴェルディーゼが〝あの子〟の身長を手で示す。
ユリがそれを見れば、その身長は六、七歳程度の子供くらいのものだった。
ぱちくりと目を瞬かせ、ユリがヴェルディーゼの手を見る。
どれだけ見ようが、どう見たって子供の身長である。
「……こんなに小さいんですか?」
「うん。ユリを好きになったってことは、僕は小柄な子が好きなんだろうけど……そういう対象として見たことは一度もないね。……いや、ユリが初めてだな……」
「初恋ですか!?」
「うん」
「……えへ、えへへへへ……主様〜! 面倒くさい人になっちゃってごめんなさい! 私、ちょっと不安定かもです。でも、もう安心しましたから! 主様も安心してくださいね!」
「不安がってるのはわかってたから大丈夫だよ。……さて、食事も終わったし行こうか」
「はぁい! ……ってあれ、そういえば私満腹……そんなにご飯食べたっけ」
「不安がってる間に全部食べさせたからね」
「へ? そんなに?」
「そんなに。黙り込んでくっついたまま、差し出されたらそれを全部食べるからつい……」
「……お、おおぅ……いえ、まぁ、わかりました。それなら……行きましょう、主様」
ユリが控えめに微笑み、ヴェルディーゼと手を繋いで歩き出した。




