ナイフと手紙
翌日、ユリとヴェルディーゼはアークルズの屋敷を訪れていた。
アークルズの遣いの証拠となるものを渡すためである。
「これと、それからこちらも渡しておく。失くさないように」
「はぁい……おぉ。このナイフキラキラしてますね。……家紋入り?」
「ああ。エルフの技術で刻印したもので、同じ物は絶対に作ることができない。それさえ持っていれば、陛下も私の関係者ということを理解してくださるだろう」
「なるほどです。わかりました、不安なので主様が保管してください」
「うん、預かるよ」
ユリには自由に物を出し入れする空間を作ることができないので、即座にヴェルディーゼに預けた。
空間にしまっておけば盗まれる心配もなく、安心安全である。
続いて、ユリがアークルズから手渡された手紙を見る。
「それで、こっちはなんですか? 手紙……国王様に宛てたものだったりします?」
「ああ、手紙にここで起きたことを全て書き、支援を要請したいということも書いておいた。君達は先ず、これを国王陛下に渡してくれ」
「ひえぇ……絶対無くしちゃいけないやつ……主様っ!」
「はいはい」
「ひゃああああ主様手紙で遊ばないでくださり折り曲がったり破れたり飛んでったりしたらどうするんですか!?」
「飛んでいくことは無いと思うけど……あ」
「飛んでったァ!?」
ヴェルディーゼの手から手紙が離れ、部屋の扉の方へと飛んでいった。
その時、扉が開いてクーレが入ってくる。
クーレは飛んでくる何かに目を丸くした後、ひょいっとそれを回収した。
「……何これ? 手紙?」
「わぁあああっ、ごめんなさぁい! 国王様への手紙なんですけど、主様が何かよくわかんないけどうっかり飛ばしちゃって!」
「……ヴェルディーゼ、私が来てるのわかってた?」
「うん」
「キャッチするって思ってたからなんだろうけど……びっくりするからやめてよね。見て、ユリもこんなに顔色が悪くなってる」
「わわわわわ……わざとってことですか!? おばかさんなんですか!?」
ユリがヴェルディーゼを睨みながらそんなことを言うので、ヴェルディーゼが小さく笑った。
そして、クーレから手紙を受け取りつつ尋ねる。
「で、クーレはどうしてここに?」
「そういえば、伝え損ねてたなって。私、ここで復興を手伝うから」
「そ、そうなんですか!? ……じゃあ、一緒には行けないんですね……残念ですけど、仕方ないです……うぅ」
「ふふ。残念かもしれないけど……友達の私がちゃんと残るから、ユリはここのこと、あんまり気にしないでね。それだけ届けてくれればいいから。……大事なものなんでしょ、それ。何が書いてあるのか知らないけど」
「は、はい……でも、こんなに燃えちゃったのに……大丈夫ですか? ちょっとくらい、私達も手伝った方が……」
「滞在するのは構わないが、騒ぎになるぞ。……ヴェルディーゼは救助に走り回っていたからな。多くの人から恩人として見られているし、助けられた者はそれを話して回っている。既に、ちょっとした英雄くらいには見られているんじゃないか。それに、ユリ。君が大火傷をしていた姿も数人には見られている。恐らく君は……手助けしようとしたところで何もさせてもらえないだろうな」
「ひゅ」
ユリの喉からか細い息が漏れた。
顔色の悪いユリの頭を撫でつつ、ヴェルディーゼがやけに透き通った笑みを浮かべる。
顔色の悪いままユリがそれを見て、ははっと乾いた笑みを浮かべた。
「……囲まれました?」
「いやぁ……うん。……もう散々だった。ちょっと深夜に散歩をしただけなのに、感謝の言葉やらユリへの心配の言葉やらが飛び交って……正直、この街はもう出たいかな……ユリが行きたくないなら、もう少しくらいなら耐えるけど……」
「そ、そこまで嫌なら無理は言いませんけど……と、というか、私への心配の言葉? 私の火傷、そんなに知られてるんですか!?」
「知られてるみたいだねぇ。ついでに、僕が奇跡を起こしたとか、森の奥に住む魔女に頼んだとか、言いたい放題だよ。別に害はないからいいんだけど、ひたすらに面倒……」
「おおぅ……そんなに目立ってましたか、私」
「目立ってたよ。燃えてる家に突っ込むし、抱えられながら全身に火傷して帰ってくるし……目立たない方がおかしいんじゃないかな」
若干の圧を感じる声でヴェルディーゼが言うので、ユリが冷や汗を流しながら黙り込んだ。
悪いとは思うが、ユリも必死だったのである。
必死だったとしても怪我をしない手段があったのだからそれをすべきだったというのはもっともだが、既に充分に反省して謝り倒したので、もう圧を掛けるのは勘弁してほしいと思うユリであった。
そんなユリの思いを理解しつつ、ヴェルディーゼが圧を維持しながら口を開く。
「それで、領主。これを国王のところまで持っていけばいいんだね?」
「うわわわわ主様!? 国王陛下って呼ばないと不敬罪になりません……!? し、し、死罪とかになっちゃうかもしれないですよ……!?」
「大丈夫大丈夫」
「どこに何の根拠が!?」
「……無いけど……大丈夫」
「だからー! も、もうっ……あ、あの、領主様。どっ、どうかお許しください……み、見逃してくだされば、その……えっ……と……」
「気にするな。……可能な限りの教育はよろしく頼みたいが……」
「で、ですよね。頑張ります……ほ、ほら、行きますよ……!」
「クーレに挨拶しなくていいの?」
「あっ! クーレちゃん、ごめんなさい、もう行きますね! 今度また会いましょうね!」
「うん。またね、ユリ」
軽い挨拶をして、ユリ達が去っていった。
それを笑いながら見送り、クーレがアークルズを見る。
「アークルズ。私には頼まないんだね、復興の支援」
「……貴殿は、高貴なる吸血鬼ではあるが……ただの病弱な吸血鬼には頼まないさ」
「ふぅん? ふふっ……そうなんだ。じゃあ私は、私にできることをしようかな。これも経験だよね」
「身体は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫だと思うよ。それに、屋敷に戻るのも危ないし……はぁ、今回は色々とヒヤヒヤしたなぁ。ユリなんて、攫われかけちゃうし」
「……そうか」
「じゃあ私、行くね。やれることを探さないと」
クーレがそう言って笑い、ひらひらと手を振って部屋から立ち去った。




