領主の頼み
「……ええっと」
ユリとヴェルディーゼが見つめ合って桃色空間を形成していたところ、気まずそうにクーレが声を出した。
それにユリがハッとして顔を赤らめ、ヴェルディーゼから離れようとする。
が、ヴェルディーゼが離さず、笑顔でユリを膝の上に乗せる。
「うぎゃあああー!? く、クーレちゃんの前でっ! そんなことしなくたっていいじゃないですか!?」
「他人にこそアピールしないと」
「は? クーレちゃんは他人じゃないんですけど??」
「うーん……そういうつもりじゃなかったんだけど、変な地雷踏んだなぁ……」
「あー、えっと……もうちょっとだけ話して、いい……?」
「もちろんです! 可能なら、クーレちゃんを赤の他人扱いした主様が苦しむような話をっ……!」
「さっきの甘ったるーい空気はどこに……え、えっと、じゃあ……ヴェルディーゼ。ア、じゃなくて領主様からの監視のこと、ユリに話してないんじゃない? 領主様が、ヴェルディーゼがユリに色々隠してて大丈夫なのかって心配してたから……主に、ユリは騙されてるんじゃないかって感じで……」
クーレが言いづらそうに言うと、ヴェルディーゼが目を丸くした。
対してユリは若干怒ったような雰囲気になり、ヴェルディーゼを見上げる。
「そうですそうでした! あの後、主様の様子がおかしいから有耶無耶になってましたけど、監視がどうのって話! やっぱり監視されてたんですか!?」
「……ごめん、僕も疲れてて話すの忘れてたね。監視されてたよ。これは本当に、屋敷出たら監視されてたことちゃんと伝えるつもりだったんだよ。だからあんまり怒らないで?」
「ちゃんと話してください〜! 微妙に私も何か感じ取ってはいましたけど! 確信を持てるほどじゃないんですからぁ! 頭撫でられても誤魔化されませんから!」
「ごめんごめん」
「……もー……」
「……誤魔化されてる……まぁ、ユリが怒ってないならいいや。騙されてるとかじゃなくて、そういう関係だって私は知ってるしね。ただからかわれてるだけだもん。……じゃあ、もう行こう。ここは避難所でもあるし、私たちがいつまでも占拠してるわけにはいかない」
「ああ、そうだね。行こうか、ユリ」
ヴェルディーゼが手を差し出すと、ユリが渋々その手を取って部屋を出た。
ちらりとクーレが窓を見て、かなり外が落ち着いてきているので一緒に外に出る。
「うぐ……焦げた臭いがする……はあぁ。復興作業、きっと大変ですよね……」
「そうだろうね。けど、僕達にできることは……」
「そのことだが、少し頼みがある」
突然背後から声が掛かり、ビクッとユリが震えてヴェルディーゼにしがみついた。
出てくるのを待っていたらしいアークルズの姿が見えたので、ユリが頬を染めながらぺこりと軽く頭を下げる。
驚いてしまったユリが可愛かったので、ヴェルディーゼがユリの頭を撫でながらアークルズに向かって尋ねた。
「なんとなく察しは付くけど……頼みって?」
「もし王都に行く予定があるならば、国王陛下に復興のための支援を申し出てほしい。私の遣いであると証明できるものはもちろん渡す。私はしばらくここから離れられないが、支援が無いと復興は厳しいのだ。頼まれてくれないだろうか」
「……そんな義理はないんだけど……まぁ、いいよ。頼まれてあげよう。……でも、伝達してくれる人とかいないの? それくらいはいそうなものだけど……」
「いる……いや、いたと言うべきか。……真っ先に狙われ、今はもう既にいない。馬も殺されていた。そのせいで、この街は孤立状態に陥っている。祭りの直後で、これから王都に向かう旅人も普段よりは多いだろうが……それが大きな噂にでもならなければ、陛下の御耳に入ることすら無いだろう。そうなったところで、確証が無ければ動くのはかなり遅れる」
「……わかった。代わりに、準備ができるまで寝泊まりする場所くらいは提供してよ。ユリは屋敷じゃ緊張して大変みたいだから」
「あ、ああ……!? なんでそんなこと言うんです!? わ、私の我儘で、そんなっ……! りょ、領主様! 主様のお願いなんて聞かなくていいですからね!」
「それなら既に手配はしてある」
「ナンデ!?」
ユリがぽかんと口を開けて驚くので、ヴェルディーゼが目を細めて微笑みながらその口を閉じさせた。
何だか雰囲気の柔らかいヴェルディーゼになんだろうとユリが首を傾げつつ、ぎゅっと眉を寄せてアークルズを見る。
前よりもユリやヴェルディーゼを信頼しているような気がした。
「……主様が何かしたんですか?」
「何で真っ先に僕を疑うの? ユリは僕に従順な子のはずなのに……」
「ヤンデレっぽい目で見ながら従順な子とか言わないでくださいヤンデレみを感じすぎて駄目です無理ですヤバいです。怖いんですよ主様。……それで、えっと。……主様に何かされました……?」
「ある意味そうとも言える。彼は、外を駆け回ってたくさんの人々を救助してくれたのでな。……そのせいで君が攫われかけたのは、本当に申し訳ない限りだが……」
「……気にしなくていいよ。クーレが助けに来てくれたし、元々ユリは自分でどうにかできるはずだったことだ」
「うっ……」
腕を組みながらヴェルディーゼが若干低い声で言うので、ユリが気まずそうに目を逸らした。
自分で対処できたはずのことができず、結果ユリが攫われる寸前まで追い込まれたので、今まで何も言ってこなかっただけで怒っているのだろう。
「……ねぇ、ユリ?」
「ひびゃぅ……は、はい、ごめんなさいっ……で、でもしょうがないんですよ! 抵抗しようとしたのに、身体が動かなくなっちゃって……」
「……今回は僕が離れちゃったっていうのもあるから、そこまで強くは言わないけど……そんな言い訳をいつまでも並べ立てるようなら、僕も荒治療を検討しないといけなくなる。よく覚えておいてね」
「は、はい……私の身を守るため、ですもんね。が、頑張ってみます……先ずは野生動物から……なるべく可愛くなくて、凶暴で、こ、ここ殺さざるを得ないような、少しでも抵抗の少ないものから……はい……」
「それでいいよ。まぁ、そんな練習をさせることを怠っていたのは僕だからね。そこは僕も反省する」
ヴェルディーゼがそう言って肩を竦め、ユリの頭を撫でた。




