わかっていても
ユリ達はクーレの先導で場所を移し、ソファーに腰掛けていた。
ソファーが若干汚れているので、物置から引っ張り出したものなのだろう。
「一時的に借りてるだけだから、手早く話さないといけないんだけど……えっと、どこから話そう……? ヴェルディーゼに任せてもいい?」
「……そうだね、僕が隠してたことだし……はぁ」
ヴェルディーゼが息を吐きながらユリの頭を撫でた。
それにユリは嬉しそうにはしつつ、しかし一向に話し始めないヴェルディーゼをジト目で睨む。
無言のままそれを続けること数分、ようやくヴェルディーゼが話し始めた。
「ユリに眠ってもらった後、僕はクーレのところに行って、襲撃者……クラシロエスの奴らを殺したんだ」
「あの時のヴェルディーゼにはびっくりしたよ。ユリに優しく接する姿をよく見てたから……殺さないで、って命乞いに一切耳を貸さずに、長剣でザシュッ……って」
「……おおぅ……」
「僕は基本、ユリにしか優しくないよ。ユリが特別なだけだからね。クーレを助けたのも、ユリが大切にしてたからっていうのと……まぁ、打算込みでの行動だからね」
「……ふぅん。そうなんだ」
微妙に濁すヴェルディーゼと目を細めるクーレにユリがきょとんとし、一度整理しようと息を吐いた。
一番最初の言葉に、少し引っ掛かる。
「……いやまぁ。精神が消耗云々は言ってましたけど……眠っもらったって……」
「あーうん……そうだね、僕がやったよ。駄目だった?」
「う、うーん……駄目、と言いますか……悲鳴とか断末魔とか聞いたら、それこそSAN値が0みたいなことになりかねないですし……まぁ、はい。私の精神の安寧を思ってのことと思うことにして、そこについては何も言わないでおきます。そんなことよりです、主様が襲撃者をそのー……ぶっ殺してたのはわかりましたけど、なんで隠してたんです? 助けに入ったのなら、怪我しそうだったから寝てる間に助けておいたよーくらい言ってくれてもいいじゃないですか」
「……いやぁ。戻るって言われたら面倒だなって……」
「絶対嘘です。何か誤魔化そうとしてます。せめて街に着いてすぐに言ってくれれば数日拗ねるくらいで済んだのに! なんでなんですかぁ!」
ユリがそう叫んでジタバタと暴れた。
クーレが死んでしまっているかもしれないと、ふとした時に苦しんでいるのは知っていたはずなのにずっと隠していたことがどうしても納得行かないらしい。
早く話せと催促し、ジト目でヴェルディーゼを睨み続ける。
ここまで話さないということで、なんとなくユリはその理由も察してはいたが。
しかし予想通りの理由ならばそう簡単には許したくないので、ユリがヴェルディーゼに自分で白状させようと催促を続ける。
「……ええー……と……」
「目ぇ逸らしやがって早くしないとぶちのめしますよ主様。このぉ!」
「うわ、ソファーの上でそんなことしないで。危ないでしょ……わかった、わかった。……認めるから……ただのおふざけだったんだよ」
ついにはソファーの上で膝立ちになり、ぽかぽかとヴェルディーゼの頭を叩き始めたユリに観念してヴェルディーゼが息を吐いた。
そして、渋々といった様子で隠していた理由について白状する。
それを聞き、ユリはやっぱりかと息を吐いた。
「冗談だからって、何でもしていいわけではないんですよ?」
「わかってる。……わかってた、けど。そういう、度を越したことをした時にユリがどんな反応をするのか、知りたくなっちゃったんだよ。それで、そっちの感情を優先した。……ユリは絶対に、その程度じゃ僕のことを嫌わないから」
「あぐ……それは否定しませんけど……助けられた時のインパクトとか、それから……何も活躍できない〝今〟から来る負い目。それがある限り……私は主様のことを嫌えないし、怒りは一日も持ちません。拗ねますけど。あとたぶん怒りも再燃はしますけど。でも、怒りが続かないとしても! 嫌じゃないわけじゃないんですからね! それで、そんな嫌が積み重なったら……助けられた時のインパクトも、何もかもを塗り潰して、主様のことも嫌いになるかもしれません」
途中までは誤魔化すような半笑いを浮かべ、目を逸らしていたヴェルディーゼだが、ユリが真剣な眼差しで話し続けると、やがてヴェルディーゼも真剣に向き合い始めた。
そうして真剣に向き合っていたから、ヴェルディーゼはユリが嫌いになるかもしれないと発言した時、その瞳に恐怖が滲んだことに気が付き、優しくユリを抱き締めた。
「それは……嫌です。嫌いになんて、なりたくない……だから、主様……お願いします。……私に、主様のことを嫌わせないでください」
「……うん。わかってる。……わかってるから、大丈夫」
「わかってないっ……! わかってないから、主様はそんなことを……!」
「――わかってる、はずなんだよ。本当に」
苦しそうな声でヴェルディーゼが呟くので、ユリがそっとヴェルディーゼを見上げた。
その瞳はどこか遠くを睨んでいて、唇が噛み締められている。
ユリが滲んだ涙をそっと拭い、両手でヴェルディーゼの頬を包んだ。
「主様は、私に何も教えてくれませんね」
「……。……そんなことないでしょ。戦い方を教えたのは僕で、ちゃんと……」
「そうじゃなくて。やっぱり私は……主様のことを、知らないんだなって」
「……それは……」
「だから……ふふ。……ゆっくりで大丈夫です。だから、少しずつでも……教えてくださいね?」
ユリがそう言って笑えば、ヴェルディーゼは少し目を丸くしてからユリの肩に顔を埋め、小さく頷いた。




