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最高位邪神と転生眷属のわちゃわちゃはちゃめちゃ救世記  作者: 木に生る猫
クローフィ・ルリジオン

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聴きたいからと気にしない

 ユリが避難してきた人達を物陰から覗き込む。

 中々の数だが、その誰もが大なり小なりパニックに陥っていた。

 唐突に街全体が火に巻かれ、家は焼け落ちてしまったのである。

 パニックが中々収まらないのも仕方が無いと言えよう。


「あ、主様……本当にやるんですか? そりゃまぁ、パニックは少しでも無いほうが、いいんでしょうけど……うう……」

「ユリならできるよ。それに、精神を落ち着かせるために重要なのは、どれだけ気を引けるか。どうせ魔法で落ち着かせるんだから、怒らせちゃっても大丈夫だよ。気さえ引ければ、魔法で強制的に落ち着かせられる。……ね?」

「ね? じゃないですぅ……いやぁあ……」

「ほら、行っておいで」

「こ、これでただ生歌聴きたかったとか言い出したら、怒りますからね……! 本気で怒りますから! 今言ってくれれば、ちょっと怒るだけで済ませますけど!?」

「楽しみにしてないわけではないけど、別にそれが理由じゃないよ。そんなに疑わないで」


 ヴェルディーゼが苦笑いしながらユリの頭を撫でる。

 ユリはそれを無抵抗で受け入れつつ数秒ほどじっとヴェルディーゼを見つめ、息を吐いた。

 どうやら信じることにしたらしい。


「わかりました。信じます。……行ってきます」


 ヴェルディーゼがユリに手を振り、近くにあった椅子に腰掛けた。

 そうしていると、どこからかクーレが近付いてきた。

 二人が話しているのを見ていたらしいクーレは、首を傾げながら尋ねる。


「ヴェルディーゼ、本当にユリに歌わせるの? もっと他の方法があると思うんだけど……」

「そうだろうね」

「じゃあ、何で……」

「だって聴きたいから。他人に聴かせるのはちょっと癪だけど、普通にお願いしても恥ずかしがって歌ってくれないだろうからね」

「……絶対怒るよ、ユリ。本人が宣言してた通り、本気で怒ると思うよ?」

「一石二鳥だね」

「はぁ。わかってて送り出したなら、これ以上は何も言わないけど。……盗み聞きしてたこと、怒らないんだね」


 少し声を潜めてクーレが言った。

 ヴェルディーゼがクーレに目を向けると、少しばつの悪そうな顔をしている。

 盗み聞きをしたことに罪悪感を抱いているらしい。


「僕は気にしないよ。だって、聞いても何も言わないんでしょ。ただ、話してたことを聞いただけ。誰にも話さないならそれでいい」

「……そんな感じなのに、よく私のこと助けに来てくれたよね……」

「ユリが大切にしてるし……しばらくの間一緒に過ごした相手に死なれるのは、まぁ、僕としても気分は良くないからね。嫌いならともかく、別にクーレはそういうわけじゃないし」

「嫌いだったら見殺しにしてた?」

「どうかな。同じようにユリが大切にしてたなら、ほどほどに傷付いてるのを確認してから助けに入ったかもね。まぁ、そんなことしなくても最終的には生き残ってたとは思うけど……」

「そうなんだ」


 クーレがヴェルディーゼと会話をしながらユリの様子を確認する。

 すると、丁度ユリが覚悟を決め、何やら聞き取れない言葉で歌い始めた。

 日本語は、クーレにとっては聞き覚えのない異国の言葉である。

 聞き取れるはずもなく、不思議そうにしながらクーレがユリの歌声に耳を傾ける。


「綺麗な声だね。凄く透き通ってて……凄く、惹きつけられる。みんな聴き入ってる」

「そうだねぇ」


 クーレに相槌を返しながら、ヴェルディーゼが魔法も必要ないかもしれないと苦笑いした。

 ユリの歌声を聴きたいがために歌うよう提案したヴェルディーゼだが、それはそれとして誰にも気取られずに魔法を使うのには丁度いいとも確かに思っていた。

 魔法は必要だろうと、そう思っていたのだ。

 しかし今、誰もが歌に聴き惚れてしまっている。

 クーレも一言感想を漏らした後、完全に黙り込んでしまった。

 この様子なら必要は無いだろうが、ユリは魔力を感じ取ることはできるので魔法を使わなければ怒られてしまうだろう。

 何ならパニックになって失敗しかねない。

 というわけで、ヴェルディーゼが息を吐いて魔法を行使した。

 魔力が屋敷に行き渡り、皆の精神を落ち着かせていく。

 それから少し待つと、パタパタとユリが戻ってきた。


「主様! やり切りましたよ!」

「そうだね。偉い偉い……綺麗な声だったよ」

「んふふんふふふ……あっ、クーレちゃん! どうでした? 私の歌!」

「すっごく綺麗で、上手だったよ。もう一回聞きたいくらい」

「ぅえ……ふ、ふへ、嬉しいですけど駄目ですよぉ。あの、主様、ちゃんとできてましたか……?」

「できてたから、そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫。とりあえずこれで、一時的でも冷静に現実を見ることはできるでしょ。ここからは領主の仕事。僕達は関わらなくていい」

「はぁい。でも、どうするんですか? 宿屋だって焼けちゃいましたし」


 荷物は持っているが、泊まる場所は無い。

 なので、また旅に出るのか、それともここに留まるのかとユリが首を傾げる。

 一応、恐らく領主はここに泊めてくれるだろう。

 しかし、それに甘えるのもとユリが微妙な顔をする。

 何せ、今は麻痺しているもののこの屋敷はとても緊張する。

 この屋敷で寝泊まりするなどユリには無理だ。


「まだ考えてないけど……うーん……そうだね。……お金、もう少し貯めたかったんだけど……仕方無いか。うん、また旅に出よう」

「お金? もう少し出そうか?」

「嫌だ、これ以上貸しを作りたくない」


 クーレが親切心からお金を出そうと提案したものの、ヴェルディーゼに食い気味に拒否されてしまった。

 ユリが苦笑いしつつ、しかしクーレに向かって言う。


「すみません。……でも、私もクーレちゃんに頼りっ切りは嫌なので……」

「……それもそっか。もうそれくらいしか私にできることは無いからって思ったけど……それならしょうがないね」

「はい、ごめんなさい……」

「ふふ、そんなに申し訳なさそうな顔しないで。ほら、今度は笑顔で別れられるよ。それに行くのは今直ぐってわけじゃないよね? ねぇ、ヴェルディーゼ。あの時のこともユリに何も説明できてないし、もう少しは滞在してくれるでしょ? ここが嫌なら、私からアーク……領主様に頼んでみるよ」

「えっ、いやいやいや! 悪いですよ! 大丈夫、大丈夫です! 慣れますから!」 

「そう? ……じゃあ、ちょっと場所を移そっか」


 クーレがそう言って笑い、二人を先導して歩き始めた。

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