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わからない思考と割れた皿

 カリカリと、ユリがスケッチブックにひたすら窓の外の光景をデッサンしていく。

 ヴェルディーゼの眷属となり、城で暮らし始めて数ヶ月が経過した今、ユリは相変わらずとても退屈していた。


「……おぉ。前書いたやつと結構違うー……おもしろー……」

「退屈そうだね、ユリ。お茶でもどう?」

「あ。……あるじ、さま。……勝手に入ってこないでください。私の部屋です……一応」

「ユリの部屋である以前に僕の城だよ。で、ケーキ食べない?」

「……ケーキ……」

「たくさんあるよ。暇なんでしょ? 一緒に食べようよ」


 ヴェルディーゼが繰り返しそう誘うと、ユリがしばらく悩んだ後に頷いた。

 それを確認したヴェルディーゼが嬉しそうに魔法でケーキを出す。

 ユリがケーキとフォークを受け取り、ベッドの上に腰掛けてゆっくりと食べ始めた。


「……やっぱりベッドで食べたいんだね。僕は気にしないけど、行儀悪いんじゃないかな……」

「勝手に人の部屋に入ってくるのも大概だと思いますけど。……ソファーには主様がいますし」

「でも対面だって空いてるよ」

「ベッドで食べれば零さないように気を付けさえすればすぐにくつろげます。……パイとかはそっちで食べますけど。ベッドの方が落ち着くんです。気にしそうな人がいれば椅子かソファーに座ってお行儀よく食べます」

「うーん……ならいいか。わかってて食べてるわけだし……わかってる方がタチ悪いかな?」

「……もぐもぐ」

「……幸せそうに食べてるからいいか……」


 ぱくぱくもぐもぐもぐ、とユリが無言でケーキを頬張る。

 そうしながら、ユリはこれまでの生活に思いを馳せていた。

 ヴェルディーゼは時折、仕事があると言ってどこかへ行き、数時間から数日ほど城を空ける。

 その間の留守番はユリの役目で、来客があれば帰ってきたヴェルディーゼにそれを伝えていた。

 もっとも、この一ヶ月の間で来客があったのは片手で数えられるくらいの数しかないが。

 ヴェルディーゼは帰ってくるとユリの顔を見て嬉しそうにするが、それ以外でユリが何かを求められたことはない。

 話し相手に、やら一緒にお茶を、やらのお誘いはあれど、眷属に対する命令というのが一切ないのだ。

 なら本当に見初められたのか、とユリも考えはするが、それにしてはそういったアプローチも少ない。

 だからこそ、ユリはヴェルディーゼの目的も、明確にそういったものが無いのだとしても何を考えているのかすらわからず、一緒に暮らしながら未だにヴェルディーゼのことを疑っていた。


「……ユリ?」

「え、あっ」


 そんな風に思いを馳せていると、どうやらいつの間にかケーキを口に運ぶ手も止まってぼーっとしていたらしい。

 ユリがハッとしてケーキを食べようとしたが、手が滑ってお皿ごとケーキが床に落ちてしまった。

 パリンッ、と音を立ててユリの足元で割れたお皿の欠片が散らばる。


「あ……! ……あ、お皿、ごめんなさっ……か、片付けます……!」

「わ……っと、大丈夫だよ、落ち着いて。危ないからベッドの上に居てね。足もベッドの上だよ。魔法でやった方が早いし危なくないからね」

「……ごめんなさい。お皿、高そうだったのに……ケーキも、落としちゃって……うぅ……」

「そんなに気にしなくていいよ、魔法で出したものだから。……よし、処理終わり。小さめのケーキ出そうか?」

「……うぅ……」

「うん、出そうか。甘いもの食べて元気出して」


 お皿を割り、ケーキも無駄にしてしまったことでユリがとても落ち込んだ。

 それを見かねて、ヴェルディーゼがケーキを出して無理やりユリに持たせる。

 何度か促すとようやくユリがケーキを食べ始めたが、それでも元気にはならないのでヴェルディーゼが考え込むような仕草を見せた。

 そして、少し首を傾げてユリに提案する。


「……ちょっと遊びに行く? 一ヶ月間ずっとここにいたから、気が滅入ってもおかしくないだろうし……そろそろ気分転換なんてどうかな」

「……遊びに……?」

「うん。交流区っていう場所があってね。神の娯楽、暇潰しのための世界かな。色んな神が集まって、お店を開いたり、劇をしたりするんだよ。本当に交流というよりは各々で楽しむ感じだから、緊張もしないと思う。交流区っていう名前も昔の名残だしね。あ、そうだ、新しいお皿でも見繕おうかな……僕はいつも適当だから、ちょっといい感じのデザインのものとか一緒に探してくれないかな?」

「……わかりました。……行ってみたい、です」

「よし。……あ、そうだ、当日はユリはローブを着てフードを被ってね。念のため……狙われないとも限らないから。僕の傍にいる存在は珍しいからね……準備は僕がしておくから。早速明日でもいい? それとも少し空けようか?」

「……いえ……大丈夫です。……私としても、ずっと暗い気持ちでいるのは……嫌、ですし」


 目を逸らしながらユリがそう言うと、ヴェルディーゼが頷いて再び考え込むような仕草を見せた。

 そしてヴェルディーゼが口を開こうとする前に、ユリが手を上げて発言する。


「あのっ、……なの、で……誰にも見られないのだとしても、おめかしをしても……いい、ですか」

「……ふふっ、やっぱり。いいよ、じゃあ衣装部屋を開けておかないと……誰にも見られないって言うけど、僕は見るし」

「……ありがとう、ございます」


 ユリが俯きながらそう言い、ぱくりとケーキを口の中へ放り込んだ。

 そのままヴェルディーゼの顔を見ることができずユリが俯き続けていると、ふととあることに気が付く。


「……あれ。シーツ、破れてる……」

「ん? ……ああ、本当だ。ユリを見つけた時から用意してた部屋だしなぁ……このベッドも同時期に用意したものだし、劣化しちゃってたのかも。ただ破れたのか、お皿が割れて破れたのかわからないけど……替えようか」

「えっ、あっ!」


 ヴェルディーゼの言葉を聞き、ユリが慌ててお皿をベッドサイドテーブルに置きベッドに抱きついた。

 ヴェルディーゼが驚いて目をぱちくりと瞬かせる。


「だ、駄目です!」

「……だ、駄目……? えーっと……同じもので、新品に替えるだけだよ……?」

「駄目です! 新品と使い慣れたものは同じものでも違います!」

「それは……そうかもしれない、けど……破れてるよ? 足とか引っかかって危ないかもしれないし……」

「嫌です! 嫌です!!」

「そ、そんなに威嚇しなくても……わかった、わかったよ。替えないから。ほら、ケーキ食べよう……?」

「……はい」


 本当にヴェルディーゼがシーツを替えようとしないのを確認し、ユリが身体を起こしてケーキを食べ始めた。

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