隠し事
突如として現れたクーレを、ユリが目を丸くしながら見つめる。
そして、ぺたぺたとその頬に触れて呟いた。
「……本物?」
「本物だよ。私の……クーレの偽物なんて、いないから。ほら、怪我は無いの?」
「? ……無い、です、けど……え? ほ、ほんとにクーレちゃん……!?」
不思議な言い回しにユリがきょとんとしつつ答えると、クーレが頷いて部屋の中に戻った。
中には護衛が倒れており、その傍には筒が落ちている。
クーレはユリをソファーの上に降ろし、筒を拾って鋭い眼差しでそれを観察し始めた。
軽く匂いを嗅ぐと、クーレは嘆息しながら言う。
「睡眠薬だね。まぁそうだろうとは思ってたけど……ユリ、攫われかけてたみたいだよ?」
「目潰しまでされましたしね……あー、主様にどう説明しよう……ただでさえ心配を掛けたのに、それに重ねて攫われかけたって……言えないぃ……」
「……言わない方が怒らない?」
「絶対怒ります。今度こそ口だけじゃなくて本当に監禁ルートに入っちゃうに違いありません……うわぁん……」
「えっと……私も何とか、話してみるから。ちょっと落ち着いて、ね?」
「ううう……はぁい……クーレちゃん……」
ユリが落ち込みながらクーレに抱きつき、意識を切り替えた。
とりあえず、襲撃についての報告が先決である。
「……あ。クーレちゃんのこと、どうしましょう……領主様に話しちゃったんですよねぇ……その、困ります? 領主様は、私と主様から高貴な吸血鬼な匂いがするって言ってたんですけど……誤魔化す必要があるなら、何とかしますよ! 助けてもらいましたし!」
「領主……ううん、大丈夫だよ。それに……」
「ユリ……ッ」
バンッと扉が開け放たれ、ヴェルディーゼが部屋の中に入ってきてユリを抱き締めた。
ヴェルディーゼはたまにヤンデレになって不穏なことを言い出すので、ユリがそれを心配しながらも抱き締め返す。
恐怖はあるが、安心感も凄まじいのだ。
「……ごめんなさい、主様。また心配させちゃいましたよね」
「うん……ああ、どうして突破されたんだろう……」
「……突破?」
「あれがあるから、触れられるはずなんてないのに……結界が発動しない。どうして……」
「あれ? 結界……? ……あ、あのぉ……主様? 顔が、顔が物凄く不穏なんですけど……ちょ、あの、力つよ……」
「……いっそ閉じ込めるか?」
「口調まで変わって不穏がマシマシぃ! いやー! 低音ガチトーン怖いぃ!」
低い声でヴェルディーゼが呟くので、ユリを悲鳴を上げた。
心配か、あるいは敵へと怒りかクーレの姿も目に入っていないようなので、クーレがヴェルディーゼの正面に回ってジト目でヴェルディーゼを見る。
手を振って存在をアピールすれば、ようやくヴェルディーゼの視線がクーレへと向いた。
途端、ヴェルディーゼの目が丸くなる。
「クーレ? まだしばらく屋敷で休むって言ってなかった?」
「久しぶり。そのつもりだったんだけど、嫌な予感がしたから来たんだ。間に合って良かったよ」
「そっか……うん、ありがとう。……ユリ」
「ひぃやぁ……ご、ご心配をおかけしましたぁっ」
「……いや。ごめんね、怖かったでしょ。さっきの僕も……攫われそうになったことも」
「何が何だかわからなくてパニックになっていただけなので、別に……いえ、今更ながらじわじわと恐怖心が襲ってきてはいるんですけど。……というか、まだしばらく屋敷で休むって……なんです? そんな話をしていた覚えないですし……それじゃあ、まるで……」
まるで、クーレが生きていることを知っていたみたいじゃないか、と。
ユリがそんな疑念を抱いてヴェルディーゼを見ると、サッとヴェルディーゼが視線を逸らした。
それにユリは確信を抱き、今度はクーレを見る。
「もしかして聞いてないの? あの後、ヴェルディーゼが助けに来てくれたんだ。……正直、当時は非情過ぎてびっくりしてたけど……改めてお礼を言うよ。ありがとう、ヴェルディーゼ」
「……あー……いや……」
「非情? ……いえ、それはどうでもよくて。どういうことです、主様」
「……ちゃんとした理由が、あるん、だけど」
「ならどうして歯切れが悪いのです? クーレちゃんにも聞かれたくないことなら、後で話すのでも構いません。構いませんが……どうして目を逸らすのですか?」
ニコニコ、とユリが微笑む。
しかしその目は、恐ろしいくらい全く笑っていなかった。
当たり前だろう、ユリはクーレが死んだ可能性も考えていて、だけどそれを可能な限りは考えないようにしながら、苦しみながら過ごしていた。
どうか死んでいませんように。
大きな傷なんて、負っていませんように、と。
クーレのことを思い出すたびに、ユリは祈っていたのに。
「苦しんでいるのを知っていて、隠したのは、どうしてですか?」
「……はぁ。わかった、わかったよ。わかったから……ちゃんと話すよ。だけど今は、もっと優先するべきことがある」
「……約束ですからね? 絶対、誤魔化しちゃ駄目ですよ。……それで、優先するべきことというのは……?」
「とりあえずそのクラシロエスとかいう組織、鼠の一匹すら逃さず滅ぼさないとね?」
「主様が冷静になってなかった……!?」
「ふふっ、ふ、ふふふふふふっ……ああ……許さない」
「あ゛ー!? 主様待って待って待ってぇ!?」
許さないと呟き、殺気を周囲にばら撒き始めたヴェルディーゼをユリは慌てて止めるのだった。




