自覚した疲労
それから数時間後。
ヴェルディーゼはユリに膝枕をしてもらい、宿でゆっくりと休んでいた。
「……僕の癒し……」
「ふにゃんふにゃんの顔と声で言わないでください心臓が爆発してしまいます」
「ふわふわだねぇ……」
「どこ触ってんですか殴りますよ」
「足」
「そうですけど。触り方……ん゛っ」
むぎゅ、とヴェルディーゼが片手でユリの頬を掴んだ。
そして、そのまま柔らかい頬を揉む。
「ひやぁ〜、やめへくらはいぃ〜」
「これは嫌じゃないんだ……んん。……膝ありがと、もういいよ。あんまり長時間やると疲れるだろうしね」
本気で嫌そうにはせず、緩めにやめてほしいと伝えるだけのユリにヴェルディーゼがそう呟きつつ身体を起こした。
そして、嬉しそうに笑いながらユリの頭を撫でる。
アークルズと対面していた時とは笑い方が全く違うので、なんだか恥ずかしくなりユリが顔を伏せた。
「……そ、それで。気疲れって……どうしてですか? それだけ領主様と真面目に話をしていた、ってことなのかも……しれないですけど……そこまで疲れるほど気合を入れる必要が……?」
「いや、ずっと警戒してたから……これまでの疲れが……」
「……き、気付かなくてすみません。私ももう少し周囲に気を配っていれば、主様の負担を減らせましたよね……」
「いや。どうしても心配になって、ユリに任せていても関係無くユリの分まで警戒してただろうから。そんなに落ち込まなくていいよ」
「信用されて無い感が凄まじくて別方面で凄く落ち込みます」
「ユリはもう癒し係でいいよ……はぁ」
ヴェルディーゼがそう言いながら再びユリを抱き締めた。
相当気を張っていたらしい。
今できることもないので、ユリが落ち込みながらもせめてヴェルディーゼを癒そうと尽力する。
「……あの、私……お荷物になってます、よね。何にもできてない……」
「癒し係になれてるよ?」
「でもそれは、お仕事には関係ないじゃないですか。……私……やっぱり、我儘を言って付いていくより、お城で待っていた方が……きっと……」
「……ユリはそうしたいの?」
「そう……したくは、ないです。できるなら。でも、そんな感情よりも……主様のことを優先したいんです。主様の負担には、なりたくないから……」
「したくないならいいよ。困ることは確かにあるけど、一人でやるよりずっと平穏な日々を過ごせてるから。むしろ成長の機会が無くなることになるから、僕のためになりたいなら来てくれた方が嬉しいよ」
「……本当ですか?」
「本当本当。あんまり気にしなくていいから。……何かあればその時は、誰の手も届かない場所に……あ、なんでもないよ」
「声小さすぎてよく聞き取れなくても顔が暗黒なんですよ。絶対なんか怖いこと言いましたよね」
「あ、膝枕してもらったし、僕もお返しにしようか? ……いや僕の膝じゃ硬いか……うーん……飴いる?」
「飴も食べますし膝枕もされたいですけど。あからさまに誤魔化すのやめません!?」
ユリがそう叫ぶが、ヴェルディーゼはニコニコと笑って聞き流し、ユリの口に飴玉を差し出した。
ぱくりと口でそれを受け取り、ユリがジト目でヴェルディーゼを見る。
「膝枕は舐め終わってからだよ。噛み砕いても美味しいから噛み砕いてもいいけど……食べ終わってからじゃないと危ないからね」
「ばきばき。噛み砕きまひた」
「口で言っても誤魔化されないよ。ほら、寄り掛かっていいから」
ヴェルディーゼがそう言いながらユリを寄り掛からせ、息を吐いた。
そして、ユリの髪を指先で弄びながら言う。
「……師匠が……」
「おひひょうひゃま?」
「うん。……ほんの少し前まで、師匠が僕が二つ世界を救う度に顔を見に来てたんだ。……それを僕は……暇なのかなぁ、なんて思ってたんだけどね。……最近になって、理由がわかった」
「? ……わ、わぶ……」
一度言葉を止め、ヴェルディーゼがわしゃわしゃとユリの頭を撫でた。
そして、困った顔をして続ける。
「僕は、僕が思っているよりずっと疲れてたんだよ」
「……んん……疲れて……?」
「だから、フィレジ……あ、ごめんね。師匠は僕の様子を見に来てた。……いつか、壊れてしまうんじゃないかってね」
「そんなになんでっ……んぐっ、ぅ……危ない……」
驚いた拍子に飴玉が口から落ちそうになってしまい、ユリが慌てて口元を押さえた。
それを心配そうに眺めつつ、ヴェルディーゼがユリを抱き締める。
「それが。……ユリが来てから、一度も無くなった」
「え……」
「ユリが寝てる間とか、留守番とかをしてもらって……ユリがいる間にも仕事はしてたんだけど……帰って、ユリの顔を見て安堵する自分がいるのは自覚してた。それまでは、自分の城に帰って安堵感を覚えることなんて無かったのに」
「……」
「そして、始めてユリが同行する今回は……ふふっ。これまでの疲労を自覚できるほどになった。多少、ユリがいて苦労することもあるよ。僕はユリのことを守らないといけないから。……けど、それは多少でしかない。そんなもの、いつだって癒されることができるメリットと比べれば本当に些細なもの。対価にすらならない」
「……あうう……」
「だから、ね。……ユリ、君は充分役に立ってる」
「……ぴゃぁぁ〜……」
「……何その鳴き声?」
「恥ずがじい゛ぃ゛〜……」
照れて顔を赤くするユリを数秒ほど眺め、ヴェルディーゼがにまにまと笑いながらその頭を撫でた。




