警告と疲労
ユリを回収し、ヴェルディーゼとアークルズは応接室へと戻ってきていた。
そして、アークルズがメイドにお茶を用意するよう指示してソファーに腰掛ける。
ヴェルディーゼも、貼り付けたような笑顔を浮かべたままソファーに腰掛けた。
そして、笑顔のヴェルディーゼの隣にユリが暗い顔で腰掛ける。
自身の方向音痴ぶりには諦めが付いているとはいえ、赤の他人、それも領主などというお偉方に失態を見られユリは酷く落ち込んでいた。
「……酷いです、主様」
「事実でしょ? あれが手っ取り早いかなって」
「……むぅ……」
別にユリが迷ったせいで森に入ったわけでもないので、ユリが不満げに唇を尖らせた。
ユリとてヴェルディーゼの嘘の意図は見当がついている。
転移をしてそのまま森に来た、なんて説明をするわけにも行かないので、森にいたことの理由付けだろう。
ユリの方向音痴が事実である以上は、それは大きな説得力になる。
もちろん、最初から全てを信じてくれるわけではないだろうが、ユリの方向音痴ぶりを見せることによって本当に迷い込んだだけという可能性も考慮には入れてくれることだろう。
それを狙ってヴェルディーゼが嘘を吐いたのはわかっている。
わかっている、が、それと感情は別である。
「……むぅぅ……」
「後でなんでもしてあげるから。ほら、話を聞こう。待たせてごめんね、戻ってきてお茶まで用意させるってことは、まだ何かあるんでしょ」
「ああ。警告をしておこうと思ってな」
「警告?」
「近頃、あの組織……クラシロエスが怪しげな動きをしている。ただの旅人であるならば、なるべく早く離れることを勧める。厄介事に巻き込まれたくはないだろう」
「……そうだね。……どうしようか……」
「……旅人なら、早く離れようとすると思ったが。滞在したい理由でもあるのか?」
「いや……ねぇ。……クーレのところは襲撃された。なら、ここだって襲撃されるかもしれないでしょ。宿で働かせてもらってるし……大したことはしてないのに、給料もたくさんもらって。……それなのに、危険があるかもしれないから離れるっていうのは……少し、薄情過ぎるんじゃないかと思ってね。……知らない仲ではないし、それは流石に気が引ける」
苦笑い混じりにヴェルディーゼが言う。
それを聞き、ユリが確かにと頷いた。
もしヴェルディーゼが何も言わなかったとしても、その時はユリがもう少しだけでもと引き留めていたことだろう。
「……自身が危険な状況に置かれるかもしれないとしても、か?」
「それなりに実力はあるしね。自衛くらいはできるから、少しの間だけでも何も起きないか見守りたいとは思うよ」
「は、はいっ! 私も、戦えないわけでは……ないですし……っ」
「……本当にちゃんと戦える……?」
「どうして鍛えた本人である主様が疑わしげなんですか!」
「野生動物すら殺せないんだから、この疑問も当然だと思うけど」
「……アッ。……ハイ……ゴメンナサイ……」
そういえばそうだったとユリがそれだけ言って黙り込んだ。
まぁ、ヴェルディーゼは凄く強いので、ユリが戦えなくても問題は無いのだが。
「僕が守るからいいよ。……とりあえず、警告については感謝しよう。でも、まだ街を出るつもりもないかな。もう少し稼ぎたいし」
「……そうか。わかった」
「引き続き、監視はしてくれていいから。当然だけど、怪しむなとまでは言わない」
「……監視?」
「やはり、気付いていたか……はぁ」
「……気付いて??」
「まぁいいや、もう話は終わりでしょ。紅茶、ごちそうさま。行こう、ユリ」
「わ、わわ!? しっ失礼しますぅ!?」
ヴェルディーゼがユリを引っ張り、屋敷の外へと向かう。
そして、屋敷から離れると深く溜息を吐いてゆっくりとユリを抱き締めた。
「に゛ゃ゛っ……なん、ですぅ……??」
「疲れた……嫌だ……」
「え、ええ……? えっと……よしよし……?」
「……ふぅぅ……はぁ。……僕に必要なのは癒しだったのか……んん……」
ヴェルディーゼがユリの肩に顔を埋めた。
どうしていいのかわからないながらも、ユリが疲れているらしいヴェルディーゼの頭を撫で続ける。
それを続けること数分、ユリは動く様子の無いヴェルディーゼに苦笑いをしながら言った。
「ええと……あの、主様? 主様の癒しになるのは構いませんし、頭を撫で続けるのも、疲れますけど苦ではないんですけど……そろそろ説明を……」
「疲れた」
「……え、あ、はい。いやそうじゃなくて……え? なんです? あの領主さんが強敵だったとか……?」
「……ただの気疲れ……でも、もう少しだけ。……はぁ……猫吸いって、こういうことか……」
「私は猫じゃないんですけど!?」
「うあー……あったかい……」
「主様が溶けてるぅ……眠そうな顔してますね。ちょっと寝ます? 肩貸しますよ」
「……宿戻るから、いいよ。疲れるでしょ……引き摺るにしても、ユリじゃどこに辿り着くかわからないし……」
「じゃあ後で膝貸しますね。寝るためにも戻りましょう」
「……うん」
ヴェルディーゼが緩慢な動きでユリの肩から顔を離し、無言でユリを抱き上げて歩き出した。
ぴしりとユリが固まる。
「なんで抱き上げるんですか!?」
「温かいだけで癒しだよ」
「手を繋ぐんじゃ駄目ですか……!?」
「嫌だ。駄目」
「……そうですか!!」
ユリが諦めてそう叫び、全身から力を抜いた。




