手紙とお揃いと、染まるのが
夕方頃、ユリとヴェルディーゼが宿に戻ってきた。
ユリはとても上機嫌な様子で、ヴェルディーゼは袋を持ちながら苦笑いしている。
「おや、おかえり。楽しかったかい?」
「女将さん! ただいまですー! すっごく楽しかったですよ! 色んな屋台があって、売ってるものも質が良くて……あ、そうだ! 主様、荷物持ちさせちゃってごめんなさい……重くないですか? やっぱり私も持ちますよ……?」
「もうすぐそこだし、大した量じゃないからいいよ」
「あ、ちょっと待って。はいこれ、二人とも」
「女将さん? なんですか、この手紙……あれ、この封蝋の模様って……」
ユリが女将から手紙を受け取り、首を傾げた。
そして、その封蝋に既視感を覚え、頰を引き攣らせる。
「昼間に領主様がやってきてねぇ。二人を訪ねに来たらしいんだけど、いないって言ったらその手紙を渡されたんだよ。領主様は招待状だって言ってたね」
「招待状……や、やっぱりこれ、領主様の家紋……あのクッキー、結構再現度凄かったんですねぇ……」
「……行こう、ユリ。とりあえず読まないと。領主からの手紙なんて、他人の目に触れさせない方がいいだろうし……部屋で読んだ方がいい」
「あっ、それもそうですね。お手紙、渡してくれてありがとうございます、女将さん。私達は行きますね!」
そう言って女将に手を振り、二人が部屋に向かった。
ヴェルディーゼが荷物を下ろすと、ユリが少し緊張した面持ちで封筒から手紙を取り出す。
そこに書かれた文字は少なかったが、右端に大きく家紋が捺されていた。
「……ええっと? んーと……なんか堅っ苦しく書いてありますね……物凄い達筆だし、読みづらい……要約すると……ああ、本当にただの招待状みたいですね」
「そうだね。聞きたいことがあるから招待する、明後日までに来いって書いてある。あとは……この手紙が無いと疑われるから、忘れないようにって」
「めんど……領主の家ってどこですかぁ〜」
「この街で一番大きい建物だよ。少しだけどここからでも見えるはず……あ、あった。あそこ」
「んん〜……? ……あ、あそこですか。道は全くわかりませんけど」
「僕がわかってるからいいよ。ユリに道のことで期待なんてしないから」
「ひどい。と、言いつつぶっちゃけ助かりますね……道だけは覚えられないので……」
ユリが苦笑いしながらそう言った。
そして、手紙を丁寧にしまうと、ヴェルディーゼに預けて袋に飛び付く。
「ふっふー! さてさてさてと、開封タイムですね! 大したもの買ってないけど!」
「……開封もなにもない気がするけど」
「開封というよりは改めて鑑賞するだけですからね。雰囲気で喋ってるので気にしないでください。えーっと、何から見ようかな……んふふ……そうだっ、主様とお揃いアクセサリーにしよーっと」
ユリがそう言いながら袋の中を漁り、ブレスレットを取り出した。
小さな黒い石が飾りとして付いており、ユリがにまにましながらヴェルディーゼの顔、正確には髪を見る。
「……何? 僕の顔に何か付いてる?」
「いえいえいえぇ。なんでもないですよ。んふふふ……」
「……ああ。髪色?」
「ぎゃーバレた!! 何も言わずに買ったのにぃ!」
「何も言ってなかったけど、結構露骨だったよ? 買った時も、それ握り締めながら緩んだ顔でこっち見て……」
「無自覚!! そんなに喜んでたんですかね私!」
「喜んでたんだろうね。今だってうるさいくらいテンション高いし……」
「主様が辛辣……かなしい〜。っと、主様ぁ。一旦で良いので、これ、付けてくれませんか……ふえへへへ……」
「いいよ」
ヴェルディーゼが即答し、ユリから差し出されたもう一つのブレスレットを受け取った。
飾りは白い石で、ユリのものと同じような形に整えられている。
ユリのものよりも少しだけキラキラとしていて、窓から差し込む太陽の明かりに翳せば僅かながらも光を反射して煌めいていた。
ヴェルディーゼが石を窓の方へと翳す様を見つつ、ユリがヴェルディーゼの方へとにじり寄って言う。
「私が付けてもいいですか? 一人だと付けにくいですよね!」
「別に一人で……いや、そうだね。うん、付けにくい付けにくい」
一人でできる、と言いかけたヴェルディーゼだったが、露骨に悲しそうな顔をするユリを見て言い直した。
途端にぱあっとユリの表情が華やぐので、ヴェルディーゼが苦笑いを零す。
ユリはこういう自分の表情のわかりやすさにはあまり気付いていないらしく、買い物中も露骨な表情をした後に冷静な顔をしてこれが欲しいとヴェルディーゼに伝えてきていた。
それを購入して手にすると、やっぱり露骨な表情をするので何もかもバレバレだが。
「……ユリは、物凄くはしゃいでるところは見せたくないの?」
「え? うーん……そう、かも……しれないですね。恥ずかしいので……でも、急に何でそんなこと……?」
「……いや、なんでもないよ。ふと気になっただけ」
「そうですか……? ……あ、そういえば。さっきこれ、太陽に翳してましたよね。そういうことするの意外です。そうするとキラキラして綺麗ですけど、主様は綺麗とか割とどうでもいいと思ってました」
「……ああ……」
ユリがヴェルディーゼの腕にブレスレットを付け終え、立ち上がりながらそう尋ねた。
すると、ヴェルディーゼはユリの手を取ってブレスレットを取り付けながら答える。
「白銀が、赤にも近い夕暮れの色に染まっていくのが……面白い……」
「……あ……あれぇ……? 主様の視線がおかしいなぁ〜……は、はははっ……」
「髪色のことを考えて選んだんでしょ?」
ユリが頰を引き攣らせながら足を一歩引くと、ヴェルディーゼがブレスレットを付けるために軽く握っていたユリの手をぎゅっと握り締めた。
ぷるぷるとユリが震える。
「ふふ……」
「か、からかっていますよね!?」
「え?」
「マジトーンで言われると怖いんですけど!? えっ!? あの、ちょ……ひぃやぁ!? 両手掴まないでー! いやー! こ、こここここっ、ここ宿! 駄目!」
ユリが鶏のようになりつつ言う。
笑顔のまま両手を掴まれたので、声が震えてしまったらしい。
「察しが良くなってきて何より……いつでも城に戻れるから、何も問題はないよ」
「あ、あしあしあああ明日! 領主様のところに行きますし! ダメゼッタイ! 駄目!」
「……はぁ。面白かった……」
「へ……はぁっ!? 結局からかってただけなんですか!?」
「いやぁ……ほぼ本気だったけど……」
「……じゃあ何でやめたんですか……」
「へーユリは期待してたんだ。へー」
「あぁ゛!? ま、まさかこれのために……ニヤニヤしやがってぇ……」
「……期待こそ、染まってきてる証拠だからね。ふふ……先ずは少し。そしてこれからも……少しずつ……。……」
「声が小さすぎて聞こえませぇん……」
「……ユリに言ったわけじゃないからいいよ」
若干ぶっきらぼうにヴェルディーゼが言うので、ユリが首を傾げながら頷いた。




