神の名前と未来に抱く不安
ヴェルディーゼがソファーに座るよう言ってくるので、ユリがそっと言われた通りソファーに腰掛けた。
やはりまだ落ち着かないのか、ユリはまだそわそわと身体を揺らし、視線を彷徨わせている。
「さて、次は……そうそう、来客だ。来客の時の話」
「来客……? ……出ればいいんですか?」
「ううん。誰が来たのかも確認せず、来客があっても来たことだけを伝えてユリは絶対に出ないで。僕の身分は目立つから襲撃に来た可能性もあるし、そうじゃなくても……人によっては紹介してもいいけど、変人だって多いから……ちょっと、僕にもユリにどんな反応を示すのかわからない。だから出ないでほしい」
「……わかりました。失礼な気はしちゃいますけど……神様の相手なんて、緊張どころの話じゃないです」
「その神様の一番頂点に立っているのが僕だけどね。さて……さっきはどこまで話したんだったかな……説明してないのは……ああ、名前のことだ」
ヴェルディーゼがそう言い、息を吐いた。
そして、首を傾げるユリの髪に手を伸ばしながら言う。
「神になるにあたって、神としての名前が与えられることがある。まぁ、たぶん眷属化による強制的な神化が原因だろうね……君も、僕が眷属にしたから同じように神としての名前が与えられてる」
「……名前、変わるんですか?」
「変わるけど、そんなに気にしなくていいよ。覚えておくに越したことはないけど、全く使わないだろうし。強いて言うなら……管理者権限が無いのに世界に干渉する時くらいかなぁ」
「……管理者権限……?」
「あー……今は気にしないで。ごめんね、気が緩んでてちょっと失言が多いみたい……ああそう、それで名前だけど……ユリの場合は……〝シュヴァーシーリ〟? ……強引にならユリとも呼べるね」
「変な名前……」
「そうかな。まぁ名乗らなければいいんじゃない? どっちも名前ってだけだし、好きに名乗るといいと思うよ」
ヴェルディーゼがそう言うと、ユリがこくりと頷いた。
そして、少しぼんやりとしながら呟く。
「……シュヴァーシーリ……横文字で、あんまりいなさそうな名前で……凄くファンタジーっぽいです……っああ変換うざいですねぇもう! もう!!」
「あー……人がいるところでだけ変換されるようにしておくね……」
「そんなことができるんですか」
「うん。基本、眷属は主が好きにできるね。ああ、僕への敬語と主様呼びは続行で。こっちは変換命令のし忘れが怖い。……変なやつに目を付けられたら、本当にユリは外出できなくなるし。まぁ元から僕がいないとできないけど」
「……元から休日は引きこもってたのでいいですけど」
「そうだね……んー、でももう少し庭を整備しようかな……暇潰せるものないし」
「……あ」
言われてみれば、と言わんばかりにユリが声を上げた。
アニメはもちろん、漫画もラノベもない。
そんな状態でどう暇を潰せばいいのかとユリが考え込む。
「地球って、平行世界ががたくさんあってそれによってそういう漫画とかも物語が変わるから……タイトルだって変わるし、望みのものを呼び出すのは難しいんだよね……」
「それはそれで気になりますけど……」
「でも、キャラクターの性格変わったりするよ? 正義の味方が完全に敵側になってたりとか」
「……気になるような、嫌なような……じゃあ、絵を描きます」
「いいよ、色々用意するね。……話があったらまた伝えに行くよ。もう帰って大丈夫。道はわかる?」
「はい。部屋から出て右に行って……行って……確か……左、左、右、左……ですよね?」
「うん、案内するね。2回しか曲がらないよ。曲がる方も間違ってるし」
「……」
ユリが目を逸らして黙り込み、ヴェルディーゼの後ろを着いていった。
少し歩き、部屋の扉が見えてきたところでユリがふと説明する。
「あ、あの……あ、あるじ、さま」
「うん。なぁに?」
「……最初来た時の廊下……どうして、あんなに長かったんですか。この城の構造とか、部屋割りとか、あんまり知らないですけど……よく使う部屋は一箇所に纏められているみたいなのに」
「ああ……たまに襲撃されるんだけど、あの奥で偉そうに座って待ってると長い廊下を歩かされた挙句に偉そうな態度取られてイラついて、一部はものすごーく単調な攻撃になってくれるから凄くやりやすいんだよ」
「……何でそんな場所を私に歩かせたんですか」
「ん〜……演出? いやぁ、そんなに疲れると思わなくて……ごめんね。お菓子あげるから許してよ」
「……んむ」
ヴェルディーゼがどこからかクッキーを取り出してそっとユリの口に入れた。
不満げにしながらも喋ることはできず、ユリがもそもそと咀嚼する。
「……おいひい、れふ」
「ふふっ、そうでしょ。僕のお気に入りなんだよ」
「……んん〜……」
「ああほら、着いたよ。もう入って。しばらくは暇だろうけど……ごめんね。寝てていいから」
「……クッキー、あいあとうごらいまふ。……んむ!?」
「おまけ。じゃあまたね、何かあったらさっき言った通り、右か左の部屋にいるからよろしく」
ユリが口元を隠しながらお礼だけでもとそう口にすると、ヴェルディーゼが笑いながらもう一枚ユリの口にクッキーを入れた。
少し不満げにしつつ、ユリが軽く頭を下げて部屋の中に入る。
「……ふぅ……んん、……やっと飲み込めた……美味しいけどちょっと分厚い……一口はきつい……あ、敬語にならない。よかった……うーん、主様……あぐ、これは変換されてる。……主様が言ってた通り、暇だし。ベッドでごろごろしてようかなー……はぁ。……まさかこんなことになるなんて……私、大丈夫かなぁ……うー……」
ユリがそう言って肩を落とし、のろのろとベッドの上に移動しくつろぎ始めた。