猫被りと愛情加速
宿の裏、店員用の休憩室になっている小さな部屋で、ユリはヴェルディーゼに全体重を預けていた。
お腹側に回された腕を両手でがっちりと抱き締め、封じている。
「まだ女将さんが料理中だって知ってるからって、からかいすぎですよ。あちこち触って……こ、恋人だからって、所構わず、こう……濃密なタイプのイチャイチャをしなくたっていいんです!」
「照れるユリが可愛いから。……あ、お腹鳴った」
「う、う、うるさいですよ!? 疲れたらお腹空くじゃないですか!」
「……なんでユリ、こんなに可愛いのに恋人の一人もできなかったんだろう……?」
腕を捕獲されているので、ヴェルディーゼがユリの指先を自分の指先で撫でつつ呟いた。
羞恥が限界になったり、何らかのスイッチが入ると確かに騒がしいが、ユリは基本的にとても甘えん坊である。
少なくともヴェルディーゼ目線では可愛い要素が詰まっているのだ。
それに、現状ではユリはやれることがないが可能な限りは色々なことを手伝おうとしてくれる。
「……学校だと猫被ってましたから。前髪を伸ばして、暗く見えるようにして……正直浮いてました。……学校の友達は、親友のゆうちゃんくらいで……私は基本的に、友達と遊ぶよりソシャゲとか漫画読んだりする方が好きでしたから。結構、友達付き合いとか煩わしくて……まぁ、それはそれとして高校は偏差値がかなり高かったですから、積極的に友達作りをするより勉強をしないと不味い人が多かったのかもしれないですけど」
「勉強できるなら人くらい寄ってきそうな気がするけど」
「でも、私の傍にいたのはゆうちゃんだけでしたよ? ゆうちゃんはいつも近くにいてくれたんです!」
ふにゃ、と嬉しそうに破顔するユリを見てヴェルディーゼが頭を撫でた。
ユリの親友、悠莉がユリに人が近付かないよう威嚇していたのだろう。
ヴェルディーゼはユリが幼い頃から神界でユリのことを見ていたが、その周りには興味が無いので周囲の人が何をしていたかまでは把握していないのである。
「……友達ができなかった理由が親友が過保護過ぎた、とかじゃなければいいけど……学校、楽しかった?」
「勉強は嫌でしたけど、ゆうちゃんとはお話できますし。あ、あと先生とはそれなりに仲良かったので、それも楽しかったです。……というか、過保護過ぎって主様が言うんですか? 知ってますよ、なんか主様がこそこそ何かしてるの! 今日だって、ただ酔ってる人と私に邪な視線を特に向けてた人じゃ対応が全ッ然違いましたし! 可哀想でした! 正当な理由がなければボッコボコにされないとはいえ!」
「そうだよ、ヴェルディーゼさん。大事なのはわかるけど、やりすぎて評判を落とすような真似はしないでよ?」
「うぴゃんっ!? お、女将さんっ……あ、いい匂い! あっ今の話聞いてました!?」
「いや、女将は食事ができたからすぐに運んできてくれただけだよ」
慌てるユリに女将よりも先にヴェルディーゼがそう答えつつ、食事を受け取った。
ヴェルディーゼの言う通り女将はほとんど話を聞いていないようで、首を傾げている。
「あ、そうだ。もう少ししたら祭りも落ち着いてくるから、手も空いてくるし……祭りにも参加しなね」
「はいっ! ありがとうございます! 私としては、お祭りのために働いているようなものですし、落ち着いてきたらたっぷり堪能させてもらいます。それまではしっかり働かせてもらいますからね!」
「あははっ、頼もしいねぇ。さ、食事にしな。食べ終わってからもちょっと休んでくれてもいいけど……」
「大丈夫です、ちゃんと忙しくなる前には戻りますから。ねーっ、主様」
「……まぁ、ユリが可愛すぎなければ」
「あ〜る〜じ〜さ〜ま〜?」
じとりとユリがヴェルディーゼを睨めば、ヴェルディーゼがすっと目を逸らした。
女将が苦笑いしつつもう少し休むようにと言い残して去っていくと、ユリは怒った顔をして食事を口に運び始める。
少しからかいすぎたらしい。
「何ですか、味占めたんですか」
「うーん……可愛いって言うと照れながら喜ぶからかなぁ。反応が面白くて好き……あ、ごめんね」
思わず好きと口にしてしまったので、これもからかっていることになってしまうかとヴェルディーゼが軽く謝る。
しかし、ふと出た言葉だとよくわかったからか、ユリは怒ることもなくふにゃふにゃと笑みを浮かべていた。
「……んん……そういえば、主様は自分の感情が良くわかっていないんですよね? 私に向けている感情というか……可愛いとか良く言ってるのに、まだわかっていないんですか?」
「愛してるのは確実だけど……なんだろうね? 急に冷める感じがして……ふとした瞬間にユリが可愛いことをしたりしたら、本当に愛おしくて堪らなくなるのに……」
「……愛情が加速していませんか? あ、愛してるだなんて……ふへっ、へへへっ……」
「少しずつしてる気はするよ。直接見てるからかな……やっぱり魔法を通して見るのと直接見るのとじゃ破壊力が違う」
「そ、そそ、そうですかっ……ごちそうさまでした! わっ私ぃ、お先に……」
ユリが照れながらそう言うと、ヴェルディーゼが笑顔でその手を掴んだ。
ユリが顔を真っ赤にする。
「うん、やっぱり。見るだけじゃどうしてもこんな顔はさせられないしね。……僕はそもそも、僕の発言でユリの表情が変わることが好き……みたいだね。それはそれとして恥ずかしがってる顔は特に好きだけど」
「……こんっ、……あぐ、ぅ……一々顔と声が良すぎるんですよばーか!!」
言葉にならない声を漏らしてからユリがそう叫び、部屋から走り去っていった。




