生えているものとからかい
軽食を食べ終わった後、ユリ達は女将に手伝いの件を受ける旨を伝え、陽が昇ってきた頃に本屋を訪れていた。
散歩ついでに本屋の位置は確認していたので、購入まで非常にスムーズに進んだ。
地図に図鑑に常識が書かれた本と、欲しいものは全て揃っていたのだ。
しかし、宿に戻ってきた二人はとても苦い顔をしている。
「……残り所持金……五百クレス、ですか……」
「……そうだね……」
「……たっか……本たっかぁ……地図も……たっ、かぁ〜……本屋で千五百も使ったってマジですか……?」
「たぶん、そもそも紙が高価なんだろうね。そうなると、本はもちろん貴族が嗜むような高級品……はぁ。もしくはぼったくられた可能性もあるけど――」
「ぶっ飛ばします!」
「落、ち、着、け。……可能性の話だよ。あと、たぶんただ紙が高価なだけ。そもそも図鑑なんて絵まで描いてあるし、詳細な情報だって書かれてるんだから……そりゃ高いよね。地図だって、地形の把握なんて大変だろうし……高くても違和感は無い。……けど、もう少し安いと思ってたかな……」
「うぐ……言われてみれば納得です。感覚が日本基準だったことがおかしいんですよね……うぅ。女将さん様々です……タイミング最高ぉ……そして、クーレちゃんも女神ぃ。大金を渡しておいてくれたの、本当に神っ……!」
「神が他人を神と呼ぶなんて面白いね」
「そうでした私が神でした」
ヴェルディーゼの眷属となった今、ユリもれっきとした神なのだが、ユリはうっかりそれを忘れていたらしい。
真顔でそんなことを言いつつ、ユリがベッドに腰掛けながらバタバタと足を暴れさせる。
こうなると、早急な金策が求められる。
宿代はもちろん払えるが、ユリは祭りに参加したいのだ。
しかし、あちこちに屋台が開かれたりと参加には何かとお金が掛かるので、これでは目一杯遊ぶことができなくなる。
「……うんん……私だけでも、早めに働くことを女将さんに打診してみましょうか……ただの手伝いとはいえ、雇うのにもお金は掛かりますし……受けてくれるかはわかりませんけど……んー。……よしっ、昼食時にでも打診してみましょう」
「ん? ユリが早めに働くなら僕も付き合うよ?」
「いえいえ。私の我儘のためですから、責任を持って自分で稼ぎます!」
「じゃ、ユリとお祭りデートしたいから僕も働こうかな」
「えっ……う、うぅ……お祭りデート。恋人っぽい……や、いや、でも、でも!」
「僕がやりたいだけだから、責任を持って稼がないとね」
「……ふ、ぐ……ど、どちらにせよ、女将さんに確認しないとわかりませんから! ね!」
ヴェルディーゼがユリの発言を真似する形で一緒に働こうとするので、否定するわけにもいかずユリがどちらにせよ今決められることではないと話を切った。
そして、買ってきたばかりの図鑑を開く。
「……あ、これ見たことある。外の草原で……はえぇ、毒あるんだぁ……」
「どう? 図鑑、役に立ちそう?」
「今のところは大活躍の予感がしてます。詳細かつわかりやすく纏められていて……結構分厚いですし、そりゃ高いだろうなと……はぁ。……んん?」
「どうしたの?」
「……森に生えてたものが、一つも書かれてなくて……これって、こっちには一切生えてない、ってことなんでしょうか……少なくとも、この辺りでは。……森は近いですし、何かしら生えててもおかしくないと思うんですけど」
「……そうだね。クーレは迷いやすいだけって言ってたけど……それだけではないのかもね」
「……料理に使いやすいやつとか、いっぱい生えてたんですけどね……まぁいっか、種類はこっちの方が多いですし。よーっし……勉強、するかぁ」
微妙に嫌そうな顔をしながらユリが呟いた。
相変わらず勉強は嫌いらしい。
とはいえ外でも美味しい料理は食べたいし、ヴェルディーゼに美味しい料理を振る舞いたい。
神ならば毒くらい平気そうだが、それでも毒入り料理など以ての外だ。
というわけで、ユリが自発的に勉強をし始めた。
そういえば勉強中のユリの表情をしっかり観察したことはなかったな、とヴェルディーゼが頬杖を突きながらじっくりとその横顔を眺める。
勉強中のユリはなんだかとても凛々しい表情をしていた。
横髪が耳にかけられ、珍しく耳が完全に露出している――と、そこでヴェルディーゼの悪戯心がちらりと顔を出した。
元々真横にいたので、本を覗き込むふりをして接近。
集中していて無防備なユリに息を吹きかける。
「んにっぅぅっ!?」
「ああ……やっぱり可愛い反応。あはっ」
「な、にゃ、な、ぁ……急に何するんですか!?」
「何って……耳が出てたから、悪戯しただけだけど」
「耳弱いの知ってますよねぇ!? なんで勉強中に!?」
「ああ。いつも呂律の回ってない声で低い声がって――」
「ゔーーッ! ゔ〜〜〜ッッ!!」
ユリが獣の威嚇のような声を出しながら真っ赤な顔のまま立ち上がり、拳を握り締めた。
それ以上言ったら殴る、ということらしい。
しかしやはり顔が真っ赤なので、全く迫力がない。
よしよしとユリの頭を撫でて宥めつつ、ヴェルディーゼが今度は本を覗き込む。
「……本当だ。さっきは軽く見ただけだからわからなかったけど、結構わかりやすく……」
「ふしゃーっ!」
「……猫?」
「う、うう、うううう……またされるかと思った……」
ヴェルディーゼが顔を近付けてきたので、またされると思って威嚇をしたらしい。
本から目を離し、ユリを見れば両手で耳を覆って涙目で震えている。
やはり迫力がない。
「あーあー。ごめんね、もうしないから」
「……本当ですか? 絶対ですよ? ……約束ですからね……?」
「……いや……約束はできないかな」
「主様の馬鹿ぁっ!!」
ユリがそう叫び、真っ赤の顔のまま部屋の隅に避難した。




