所持金と仕事
それから、ユリ達は本屋の場所を確認し、宿に戻ってきた。
すると女将が準備を行っており、扉が開く音に顔を上げる。
「おや、どこかに行ってたのかい? おかえり、朝食はちょっと待っててねー」
「おはようございます、女将さん。早朝の散歩をしてきたんですよ! あっ、今日の朝ご飯も楽しみにしていますね……!」
「仲が良いんだねぇ。お腹は空いてないかい? 余り物で良ければ、軽食作ったげるよ」
「いいんですか!? 頂きたいです……! 代金は……」
「いいよいいよ、本当に余り物で作るから。大した量にもならないしね」
「……あっ! あの、主様、勝手にお願いしちゃいましたけど、えっと……」
「ん? 別にいいよ。……嬉しいんだけど……大変じゃないかな」
「気にしなくていいから! すぐできるから、その辺に座って待ってて」
「……ありがとう」
ユリとヴェルディーゼが顔を見合わせ、ユリが嬉しそうに笑ってから近くの席に座った。
軽食と聞き、わくわくとした様子のユリにヴェルディーゼも笑みを浮かべる。
そして、はたと気付いてユリが首を傾げた。
「そういえば……お金って、どれくらい余っているんです……?」
「あー。昨日もちょこちょこ必要そうなもの買ったから……合計は……二千ちょっとかな」
「へっ!? そ、そんなに……!? 合計三千円……じゃなくてクレス貰ったんですよね。もう千クレスも使ったんですか? どこに?」
「先ず宿泊でしょ。それから干し肉辺りの保存食とか、旅に必要なもの。簡易テントも買ったから、これでかなり使ってる。で、ユリの買い食いだね」
「うっ!? ……そ、そんなに食べてました?」
「値段で言うなら別にそこまでかな。いいんじゃない、そこそこ長く森に居たし、買い食いくらい」
「……ふ、太ってないですよね、私……」
「ああそっち。いいよ、多少肉が付くくらいなら全然気にしないし、むしろぷにぷにしたいから……まぁ、まだ運動量の方が上回ってると思うけど。まぁ、気になるくらい変化が出てきたらダイエットとしてちょっと指導をしてあげるから大丈夫」
「さ、些細な変化は許容範囲ですね、わかりました。……ダイエット、好きじゃないし……お言葉に甘えます」
ある程度の体型維持はしたい。
しかしダイエットも苦手なので、ユリは遠慮なくヴェルディーゼの言葉に甘えることにした。
痩せなきゃと思うくらいに体型が変化したら、ヴェルディーゼの指導を受ければいいのである。
それなりに厳しくはなりそうだが、ヴェルディーゼに好かれるためと思えば頑張れるというものだ。
「……んん……地図って高いですかねぇ。流石に二千クレスもあれば足りるでしょうけど……動物も、森とはちょっと違うっぽいですし。植物も……だとすると、また図鑑が必要な気もするんですよね。誤って毒でも食べたら大変です。薬についての知識は無いですから!」
「そうだね。……暴れながらそこまで見てたんだ」
「いやまぁ、はい……恥ずかしいから早く降ろしてほしかったんですけど、ただ暴れるだけっていうのも……何となく申し訳なくて」
「そっか。案外冷静に暴れてたんだね……街に到着してたことにも気付いてなかったのに」
「それはそれです。観察してたとは言っても、羞恥で頭真っ白でしたからね。記憶に焼き付けて、後から思い返しただけですよ」
「……だけ……?」
それは逆に高等技術ではないかとヴェルディーゼが首を傾げた。
それができるような記憶力があるのに、どうして道は覚えられないのだろうか。
記憶力は人間だった頃から変わっていないはずなので、昔からずっと道を覚えられない理由がわからない。
「ん〜……とりあえず、本屋に行ったら図鑑を探してみるとして……主様主様、お祭り、興味ありませんかっ!?」
「行きたいんだね。いいよ」
「うぐ……そ、即答されるとは思ってませんでした……甘やかすような眼差しが私を駄目にするぅ〜。だ、大丈夫なんですか? ほら、宿泊も……伸ばすことに、なっちゃうんじゃ……? そしたらお金も掛かりますよね……お祭りにだって、きっとお金を……それに、遊ぶために滞在するのも……一応、お仕事で来ているわけですし……」
「いつもこんなものだからなぁ。僕は余程興味をそそられない限り、積極的に祭りには参加しないけど……情報が得られそうならのんびり時期を待って、人が集まったところで情報収集に行くとか全然するし。騒がしすぎるとちょっと駄目だけど、祭りとかって人が集まる上に気分が高揚して口が緩くなりがちだから、結構ありがたいんだよね」
「……そうなんですか?」
ぱちくりと瞬きを一つ。
それならヴェルディーゼに甘えて、少しだけ参加してしまおうかとユリが考える。
が、それも一瞬。
やはり迷惑を掛けられないと真っ直ぐな瞳でヴェルディーゼを見る。
「いえ、大丈夫です。お金は節約しないと――」
「おや、お金に困ってるのかい?」
「ぴゃひゅんっ!? お、おお、女将さんっ……!」
「ああ、驚かせちゃったかね。ごめんよ。まぁそれより……お金に困ってるみたいだけど、大丈夫?」
「困ってるってほどではないよ。ある程度節約すれば充分にやりくりできる。……宿泊の代金はちゃんと払えるから、安心して」
「そこは心配してないよ。これまでもきっちり払ってくれているしね。でも……大丈夫かい? これから祭りの時期だから、結構物価が上がるよ?」
「物価が……そりゃ売れるなら上げますよねぇ……」
「ウチは上げないけどね。みんな生活に関わるわけだし、稼ぎ時にゃそうしてもおかしくないだろうね。……ところで、提案なんだけど……お金が心配なら、ちょっと宿を手伝ってくれないかい? 祭りの時期は忙しくて、人を雇わないとやってられないんだ。いつもはお手伝いさんがいるんだけど、最近その人に子供が生まれてね。頼むわけにもいかなくなって困ってたんだよ。どうだい? しっかり給料は払うよ」
うーん、とユリが悩むように声を上げた。
それを見て、とりあえず祭りまでに返事を聞かせてくれればいいからと言い残して女将が軽食を残して去っていく。
作ってくれた軽食に手を伸ばしつつ、ユリが悩ましげな顔をしてヴェルディーゼを見上げた。
「……主様はどう考えてます?」
「そうだね……この仕事がどれくらい掛かるかわからないから、金を稼ぐための仕事を探すこともなく雇ってくれるのは正直助かるかな。でも、手伝いが必要なほど繁盛するってことは……結構大変だろうからね。ユリが嫌なら無理をする必要は無いよ」
「……んんん……」
「やるならもちろん僕もやるけど」
「…………制服……ありますよね、統一されてますし……」
「ん? ああ、確かそうだね……?」
「……やりましょう! やりましょう!!」
何が決め手になったのか薄々察してしまい、ヴェルディーゼが頬を引きつらせた。




