イチャイチャと羞恥
ユリが目を覚まし、目の前で眠るヴェルディーゼに目を見開いてから笑う。
ヴェルディーゼの寝顔はとても珍しいものである。
何せ、ヴェルディーゼはユリよりも後に眠って、ユリよりも早く起きる。
ヴェルディーゼはユリが可愛いからとよく寝たふりをするので目を閉じて横になっている姿ならそこそこ見るが、こうして見ると穏やかさが段違いである。
「ふふ……ふわあ。今、何時だろ……まだ起きる時間じゃなさそう〜……んんっ。……主様、可愛い……わぷ」
ユリが緩んだ笑顔を浮かべながら呟いていると、目を閉じたままヴェルディーゼがユリを抱き寄せた。
ユリがそれに眉を寄せ、まさか穏やかな顔をしていただけで起きているのではと勘繰る。
しかし寝ているのは事実なので、ヴェルディーゼは起きない。
「……起きないなら……いいや。……ふあ……っ、二度寝、しよー……っと……」
「おはよう」
「ぴゃふっ!!?」
ユリが驚きすぎて変な悲鳴を上げた。
割といつも変な悲鳴はしているが、今日はなんだかくぐもっている。
それにヴェルディーゼが目を丸くし、そっと口を開かせると思いっきり噛んで血が出ていた。
痛かったのか涙目になっているので、ヴェルディーゼがそっと治癒を施す。
「……いふぁい……」
「大丈夫? ほら、もう治癒したから……よしよし」
「……び……びっくりしました……起きてたんですか……?」
「いや、今起きたところだよ。ユリが起きてたから、挨拶をと思ったんだけど……いや、タイミングが悪かったね……もう痛くないよね?」
「……。うわぁあああん。痛いよぉ。主様ー、もっとよしよしって言ってぇ」
「どうせ読心でバレるから適当にやってるのはわかってるんだけど……それにしたって雑すぎないかな。合わせる気すら起きないよ。……誘拐された時の泣き声は、もっと濁ってて可愛かっ――。……これは良くないな……」
「だって朝早いんですもん、迷惑になっちゃいますよ……それはそうと、優しい声でのよしよしが……もっと……」
ぽ、と頬を染めながらユリが言うが、ヴェルディーゼが溜息を吐いてユリに手刀を落とした。
どうやら願いを叶えてはくれないらしい。
あんまり言ってうざがられるのも嫌なので、ユリが何も言わずにヴェルディーゼの膝に乗って甘えながら首を傾げる。
「んん……主様、とりあえずおはようございます。……えっと、何かありましたか? 昨日に比べて、ちょっと顔が明るいような……でもまだちょっと暗いですね」
「……別に、そうでもないけど……」
「そーですかぁ……? んー……ま、いっか! 朝早いですし……えへ、くっついて寝ましょ〜」
「……ユリ、まだちょっと寝ぼけてるでしょ。寝るのはいいけど……はぁ、もう少し警戒してくれても……」
「可愛いって言ってくれたら起きまぁす。可愛いキャンセルが気に食わないので……」
「はいはい可愛い可愛い。ユリ、ちょっと散歩しよう。……本屋の場所もわかってないし……まだ空いてないだろうけど、探すのに手こずりたくもない。……あと……可愛いとは言い切ったと思うんだけどね……」
「雑ぅ……むぅ、気に食わないものは気に食わないんですよ。主様ってば、街に来てから周囲に気を向けるばっかりで全然私に構ってくれませんし……ちゃんと可愛いって言って、ってお願いするくらいいいじゃないですか。……散歩は行きますけど、もちろん」
「可愛いね。さぁ、準備しよう」
さらりとヴェルディーゼが言うと、ユリが頬を染めて一気に上機嫌になりながら着替え始めた。
ユリに背を向けて着替えのシーンを見ないようにしつつ、ヴェルディーゼが溜息を吐く。
多少構う頻度が減ったのは確かだが、ユリのために周囲に気を配っているのである。
構ってほしいとお願いするのはいいが、文句はあまり言わないでほしいというのが正直なところだ。
まぁ、はっきりユリのためだと言えばユリだって文句は言わず、必死に手伝おうともするのにヴェルディーゼは一切口にしないのでヴェルディーゼもヴェルディーゼなのだが。
「準備できましたっ! どうですか、可愛いですか? 好みですか? 主様、いくつか服を準備してくれていますよね。全部好みだったりしますか!」
「……何着てても可愛いけど……特に可愛いと思うのは、どれだろう。……服装よりも表情に目が行くから、たぶんユリが恥ずかしがるようなやつかな……」
「こ、この人っ、私が困るようなことを……! 好みの服装をして、主様を喜ばせたいのに……いっそビキニでも着てやりましょうか。持ってないけど」
「……出す?」
「出すなァァッ!!」
本当に着せられては堪らないので、自分が撒いた種であるとは理解しつつ反射的にそう吠えた。
持っていないからこそそういう軽口を言えたのであって、本気で着るつもりは流石にない。
前のように恥ずかしい格好のまま人前に連れ出されでもしたら、結界があるとはいえユリには羞恥で死ぬ自信がある。
「は、早く行きますよ! ほら!」
「え、でも出せる……」
「うるっせぇです忘れやがれくださいばーかぁ!!」
「……っ、ふ……」
「ばーかっ、ばかぁ! ばかぁあああ!! ああああああ!!」
ユリの語彙が一瞬にして消え去った。
顔を真っ赤にして必死に黙らせようとするユリがあまりにも愛おしいのでヴェルディーゼが吹き出してしまったのだが、どうやら羞恥が限界を突破してしまったらしい。
とても騒がしく叫ぶので、さっと結界を張って部屋の外に声が漏れないようにしつつヴェルディーゼが頭を撫でて落ち着かせる。
「うぁああああ……うぎゅぅ……」
「本気じゃないから……」
「……ほ、ほんとに出したら、この人は変質者だって、い、言いふらしますから……」
「わかったわかった、やらないよ。ほら、行こう」
「……はい……」
誘拐直後くらい優しいヴェルディーゼにユリが顔を赤くしつつ、とぼとぼと付いていった。




