祭りと記憶処理
そして夜。
たんまりとヴェルディーゼとのデートを堪能し、ユリがふにゃふにゃの顔でベッドに腰掛けていた。
今も街を駆け回って乱れた顔をヴェルディーゼによって整えられており、更に顔が幸せそうにとろけていっている。
「……楽しかったあ……」
「……情報収集は……?」
「んふー……」
「聞こえてない……都合の良い耳だね、全く」
「あーっ。主様が冷たいこと言う〜……ずっとサボってたわけじゃないんですよ? そりゃ、あそこ楽しそうとかあれ美味しそうとかで、主様を振り回しましたけども……例えば例えば。お祭りがあるらしいです!」
「……祭り? どこで聞いたの、それ」
「主様が夕食中に情報収集できなかったって嘆いている間に、聞き耳を立てました。今年も騒がしくなるんだろうね、なんて聞きましたよ。あとは……地図の話! 地図は大切ですよね。本屋が地図を値上げするらしいって聞いたんです。犯罪組織のせいで情報収集が大変になって、そのせいで値上げするんだとか。本屋の存在も確定したんですよ、私褒められてもいいと思いませんか!」
ヴェルディーゼが目を丸くし、褒められ待ちのユリを乱雑に撫でた。
撫でられたことには嬉しく思いつつ、しかしその手つきが雑なのでユリがむっとしてヴェルディーゼを見上げる。
その顔を楽しみながら、ヴェルディーゼが紅い瞳を妖しく細めた。
「よくやったね、ユリ」
「……ぴゃっ」
「褒めてあげる。あともう少しで創世神を脅して強制的に何か参考になるものを出させるところだった」
「短気!? あとよくやったって、何か……何か悪役っぽいんですけど! いやまぁそうとも限らないんですけど、寡黙キャラ辺りが言いそうではあるんですけど……! でも悪役っぽい! 好き!」
「……ああ、結局好きなんだ」
「はい! ……でも、なんというか……ちょっと、いつもと様子が違うような?」
ユリが心配そうにヴェルディーゼを見上げた。
ヴェルディーゼは自分が乱雑に撫でたせいでまた乱れたユリの髪を再び直しつつ、ふぅっと息を吐く。
ユリから見て、今のヴェルディーゼはどこか反応が淡白だった。
柔らかさがなく、どこか淡々としているのだ。
「……色々、考えてるだけ。気にしないで」
「いや気にしますが。私も一緒に考えますよ? 私は主様の眷属なんですし……恋人、ですし……ふへぇ……彼女なんですから……どんどん頼ってください?」
「深刻じゃないから、大丈夫だよ。……今日は情報収集ができなさそうだったからね。今回はちょっと長くなりそうだし、向こうのことをちょっと色々」
「向こうと言うと」
「神界。……ん、あれ、この言葉ってユリの前で出したっけ」
「あーー……聞いてない、と思いますけど。察するに神様の世界ですか? 主様のお城があるところとか? 一つの世界として独立してるっぽいですよね」
「うん、それらの総称。交流区なんかも神界に含まれるよ。まぁいいや……問題が出ないように色々考えてたから、ちょっと反応が疎かになっただけ。気にしないで」
「元に戻ったからいいですけど。心配になるので、せめて相談してくださいね。……ふあ……っ、眠くなってきた……」
ユリが身体を伸ばしてあくびをすると、ヴェルディーゼが柔らかく目元を細めてそっとユリをベッドに倒れさせた。
ぱちぱちとユリが瞬きをし、しかし逆らわずに倒れ込んで服もそのままに眠りに落ちてしまう。
ユリの周りには、ヴェルディーゼの魔力の残滓が散っていた。
「……しっかり休ませないと。魔法で眠りに落とせば、しばらくの間は悪夢を見ずに済む。……ユリの服を変えて……そうしたら、聞かれたことの記憶処理。聞かれたらいけないことの記憶を報告される前に消さないと……面倒だなぁ。……まぁ、その場での処理を怠ったのは僕か……ユリとの時間は楽しくていけないな。つい後回しにしちゃう……大事なことなのに」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、ヴェルディーゼが部屋の外に出る。
そして、扉が閉められ、ヴェルディーゼの姿が消えた。
◇
数分後、戻ってきたヴェルディーゼが着替えてベッドに腰掛ける。
自分達の監視をする者達の処理は完了した。
一部の記憶を消し、記憶の補完を行うことで、一切の違和感を持たないようにしたのだ。
監視を消してしまってもいいが、相手が相手なだけに騒ぎが起こるようなことをしては面倒なことになる。
「……領主ねぇ。馬鹿じゃないといいんだけど」
「……ふひひ……主様のぉ……メイド……服……」
「……なんで定期的に僕にメイド服を着せようとするんだろう、この子は……似合うの? ……似合わないよね……?」
不安そうにそんなことを呟いてから、ヴェルディーゼがそんな思考を振り払うように頭を振った。
そして、夢を見ながらすやすやと眠るユリの頭を撫でてから隣に潜り込む。
今は魔法の効果で悪夢も見ずに眠っているが、それも短時間。
しかも、恐らく多用しては次第に効かなくなって少しの用事の度にユリが悪夢に苦しむことになる。
というわけで、ヴェルディーゼがさっさとユリを抱き締めて魔法を解除する。
「……おやすみ」
「ふへ……クーレちゃぁん……」
ユリの寝言を聞きながら、ヴェルディーゼが眠りについた。




