協力と強制的な言葉の変換
「……うぅ、話のスケールが大きくて現実味がないぃ〜……」
ソファーに腰掛け、ユリが頭を抱えてそう呻いた。
最高位邪神だの、眷属だの。
魔法すらない世界で暮らしていたユリには当然ながら無縁であり、どうにも考えが纏まりづらかった。
何せ未知のことなので、理解に時間がかかる。
そもそも現実味がなく、危機感すら抱けない。
今はそういう状態にあるので、結論を出すのにはかなりの時間を要してしまった。
しかし、時間をたっぷりと使って結論を出すことはできた。
早速伝えに行こうと、ユリが部屋から出る。
「えーっと、確か右隣の部屋にいるって言ってたっけ……ここか。……あのー、いますか〜……?」
ユリが右隣の部屋の扉をノックし、控えめにそう声をかけた。
しかし返事が全くないので、ユリな首を傾げる。
「……あれ? いないのかな……いなかったら……さっきの部屋の左隣だっけ? じゃあ向こうに――ひじゃっ」
「ひ……? 変な……あー、独特な悲鳴だね」
「へ、変で悪かったですねっ」
ユリが顔を真っ赤にしながらいつの間にか背後に立っていたヴェルディーゼを見上げた。
少し沈黙してからユリが深呼吸し、自分を落ち着かせてから口を開く。
「えっと……結論を出しました」
「うん。どうしようもないから受け入れるけど、やっぱり色々と隠されてる感じはするし価値観もかなり違うし、悪気がなくても洗脳紛いなことをされたのは怖いから距離を取る、でしょ? やっぱり強制的に眷属契約に頷かせたことは怒っているね、その件があっただけで嫌われちゃったみたい」
「……なんで全部言い当てられるんですか……?」
「思考が筒抜けだからね。簡単な読心だよ」
「……読唇ではなく?」
「読心だよ。思考を読んでる」
はっきりとヴェルディーゼにそう言われ、ユリが釈然とせず眉を顰めた。
そして、一歩だけ後ろに下がって距離を取りつつ言う。
「じゃあ……考えは全部バレてるみたいなので、率直に言いますけど。私は……距離を取ります。あなたのことが嫌いです」
「ふぅん」
「嫌い……というか、怖いが大きいですけど。……やっぱり、洗脳とか、こんな大きなことなのに無理矢理頷かされたことも……良くないと思うし」
「……うんうん、なるほど。そういう考えなんだね……わかった、いいよ。好きに距離を取って、好きな時に仲良くしてね」
「……はい。信用できると思ったら、その時は仲良くします」
「うん。それでね、受け入れてくれたことだしいくつか協力してほしいんだけど、いいかな」
「……協力ですか?」
「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。大したことじゃないから」
ユリが警戒しながら首を傾げていると、ヴェルディーゼが疲れたようにゆっくりと息を吐いた。
そして、嫌そうに顔を顰めながら説明する。
「さっき名乗った通り、僕は最高位邪神という存在で、神の中でも知らない人はほとんどいないくらい有名なんだよ。だからこそ、常に注目される。流石にここまで視線は届かせないけど……いつかはユリも表に出ることになると思う。だから、ちゃんと敬語を使っていてほしい。外聞をしっかり気にしないと、かなり面倒なことになるから……」
「……あぁ、はい。わかりました。そのくらいなら別にしっかり協力は……」
「ユリ、神って過激なんだよ」
「え?」
死んだ目になってヴェルディーゼがそう言うので、ユリが困惑しながら黄金色の瞳をヴェルディーゼに向けた。
紅い瞳がなんだか濁っている。
「はぁ〜……本当に面倒なんだよ。気品が足りないだの大人しすぎるだの視線が柔らかすぎるだの……その程度で攻撃するなんて本当にもうっ……ああ、ごめん。気にしないで……ふぅ、とにかく……申し訳ないんだけど、普段から敬語を心がけてほしい。1人の時も……独り言も敬語じゃないとまた変な攻撃される……」
「……治安悪……い、ですね」
途中でユリが敬語に変えると、ヴェルディーゼが満足気に微笑んだ。
そして、そのままの表情でユリの肩に触れて言う。
「ちなみに、これは命令だから」
「え……命令って、つまり……逆らえないってことは、強制的に……? ちょっと、そういうのが嫌って言ったんですけど! こ、この人、まさか最初から私の話なんて聞くつもり無いんじゃ……あー、もういいです……あれ、なんか勝手に敬語になりま……ううああああなんですかこれ!」
「強制的な言葉の変換」
「やっぱりあなたのこと嫌いです!」
「あ、そうだ、呼び方も変えようか。そうだなぁ……ご主人様? うーん……長いな。主……主様でいいか。これなら文句も言われなさそう……僕の呼び方は主様でよろしくね、命令だよ」
「ぜ、絶対主様のことなんて主様なんて……ああああああ!!」
「ふふ、怒ってる姿も愛らしいね」
「あ、う……そういえば、私のことを見初めたって……そういうことなんですか」
「そういうことだよ。それじゃあそろそろ話を続きをしようか。次に……無理矢理城から出ようとしないでほしい。まともに戦闘能力もないユリじゃ、他の神に目を付けられたら死んじゃうからね。神の仲間の仲間入りはしてるとはいえ……今は貧弱だから……」
「もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいと思います」
ユリが不満げな顔をしてそう文句を言った。
そして、ヴェルディーゼから視線を逸らすとぶるりと身震いする。
ユリとしては、簡単に死ぬだとか言わないでほしいのだ。
一度死んでいる身とはいえ、というよりは一度死んでいるからこそ。
死という言葉、そしてあの時の真っ黒な拳銃は、既にトラウマになっていた。
「……っ、う……」
「あ……ご、ごめんね。配慮が足りなかったね。僕にとってはそんなに遠い存在でもなくて、あーえっと……お茶! お茶しようか! 甘いお菓子も用意するよ、だから落ち着いて……」
「だ……大丈夫、です。思い出しちゃっただけなので……もう落ち着いてきましたから。……あ、主様、も。……悪い人では、きっと……ないんでしょうね。……価値観が違いすぎるので、やっぱり距離は取りたいですけど」
「そう? 落ち着いたならいいけど……まぁ、話も思ったより長くなりそうだし、やっぱり場所を移そうか。うーん……客室でいいかな。僕の部屋は嫌だろうし、ユリの部屋は……主とはいえ、男の僕が入るのはね……」
「……そういうデリカシーはあるんですね」
「人間の価値観については勉強中なんだけど、環境によっても変わるし何より神はなんというか……倫理観が欠けがちみたいだからね。身近な人が参考にできるのかわからなくて、あんまり進んでないんだよ」
「……積極的には協力しませんけど、参考にしたいならどうぞ……?」
「ありがとう、嬉しいよ」
ヴェルディーゼのことがわからず、ユリがきゅっと眉を顰めた。