か弱い生き物と桁外れの才能
「本当にもう何してくれてんですかマジでもう従業員さんの視線が痛かったんですけどねぇ」
「……いやぁ、可愛かったなぁ……」
「私の話聞いてました!?」
「……可愛かったは違うね。可愛い」
「駄目だこの人……」
ユリがそう嘆きながら机に突っ伏した。
かなり圧を掛けて話していたのだが、ヴェルディーゼには全く効いていないようだ。
むしろ、ニコニコととても微笑ましいものを見る目で見つめられている。
自分の気持ちがわからないとか何とか言ってたはずなのに、この態度は何だとユリが上目遣いでヴェルディーゼを睨む。
「……可愛いから、やめよう?」
「なんでですか。必死に睨んでるんですけど。なんですごーく微笑ましげな目で見られているんですか……!?」
「なんだろうね……か弱いにんげ――小動物が、必死に威嚇してるみたいで……ああ、あれだ。名前なんだっけ……レッサーパンダか。レッサーパンダの威嚇みたい」
「立って両手を上げるあれですか。身体を大きく見せようとしているらしいですね。……え、主様にはあんな感じに映ってるんですか!? こんなに必死に睨んでるのに!?」
「レッサーパンダも同じ気持ちじゃないかな? ……僕としては、ユリの方が可愛いけど……今抱いてる感情は、小動物を眺めてる時とそんなに変わらないかな。カテゴリーで言えば、だけど。量なら比にならないよ」
「ええぇ……あと、か弱い人間っていうのも聞き逃してないですからね。人外感を出さないでください。いいけど。……あの……えっと、あとで部屋に戻ってもいいですか? 流石にこれは……恥ずかしくて……いえその……過激ってほどではないんです、けど……」
ユリは今、ヴェルディーゼから手渡された裾がとても短いスカートを着たままである。
何しろ、必死の訴えを無視して運ばれてしまったので。
既にヴェルディーゼによって朝食は注文済み、更には周囲には結界が張られているので、ここにいる限りは他の客からの視線を受けることはない。
ヴェルディーゼが結界を動かすなりしてくれれば万事解決なのだが、それも却下済み。
恥ずかしい思いをしたくなければ、ユリはこのままここにいるしかないのである。
「……自分の才能が恨めしいです。私に空間魔法の才能があれば、さっさと自分で結界を展開して部屋に行って普通の服に着替えてくるのに」
「ユリ、深淵魔法で結界作ってなかった? 転移は無理だろうけど、結界が再現できるのなら別に……」
「あれはただ自分の周りを薄い深淵で覆ってるだけなんですよ! 身は守れても身を隠すことはできないんです! 効果付与は別の魔法の領分なんですもん! 視界の確保だって、辺りに弱い深淵を散らしてそこから感知してるだけなんですからね!」
「……やっぱり才能は桁外れ。僕でも中々難しいことをサラリとやってのけるね。ふふ……」
ヴェルディーゼが小さく怪しげに笑った。
愛おしいと思っている時の顔ではないので、ユリが少しむっとしてその頬を摘む。
痛みも感じない程度のものだが、ヴェルディーゼはそれに目を丸くしてユリを眺め、次の瞬間には思い切り頬を綻ばせた。
するりと白銀色の髪を撫で、ヴェルディーゼが少し首を傾げる。
「急にどうしたの? 頬なんて摘んで……ふふっ、普段は怒った顔をしてる時にそんなことしないのに」
「その顔されると複雑な気持ちになります。私という個人ではなく、眷属……道具として見ている感じです。それに、主様もそういう気持ちを抱くのは嫌がってる節があるので……」
「……本当、なんでだろうね。ユリのことは、ちゃんと個人として見たいのに。……いっそ無能になってくれないかな」
「言い方言い方。無能は嫌ですよ。主様の役に立てないじゃないですか」
「……んん。……いいね、献身的……可愛い……食べ……」
「あっあっあっ、お、女将さんが来てますよ! ほら! だからやめましょう! こんな会話!」
「……ふふっ、そうだね。やめようか」
ユリがあまりにも頬を赤くするので、ヴェルディーゼが仕方無く口を閉ざした。
その直後、女将が食事を持って近付いてきて、結界を通り抜ける。
それを眺めながら、やはり結界は見えていないのだろうかとユリが考えた。
認識を阻害するこの結界だが、宿で働いている人間に関してはその対象外になっている。
従業員にまで認識阻害をしてしまうと、いつまで経っても結界内にいる二人を認識することができず、食事が運ばれてこないからだ。
しかし、こんなところに結界があれば、怪しむはずだ。
それなのにそんな素振りを見せないということは、自分には見えていても女将さん達には見えていないのだろうとユリが結論付けた。
少なくとも普通の結界を扱えず、効果の付与もできないユリにとっては不思議な技術である。
「はいどうぞ、朝食だよ」
「は、はいっ! あ、美味しそうですね……! ……ん、なんでしょうこれ……炊く前のお米みたい」
「おや、よく米なんて知ってるね? この辺じゃ全く見かけないのに……もしかして、かなり遠方から来たのかい?」
「あっ……えっと、その」
「あはは……うん、そうだよ。ずっとずっと遠くから来てね、この辺りの常識とか、よくわからなくて。地図も手に入れられなくて、少し前からこの辺りを彷徨ってて……何とか街に辿り着けて、本当に安心したよ。この宿も……落ち着いた雰囲気で……うん。……この宿にして良かった。門番の人には、感謝しないといけないね」
「おや。あの子はそういうの苦手だから、手加減してやってよ? っと、お客さんはこれが気になってたね。これはフーフラっていう果物でね、今日のデザートだよ。美味しいから、楽しみにしてな。じゃ、私はそろそろ行くかね。……あ、そうそう。仲が良さそうだから、大丈夫だとは思うけど……あんまり、お嬢さんを困らせちゃいけないよ?」
どうやら、顔を真っ赤にして連れられてきたユリを少し心配してくれたらしい。
真っ赤なユリと、それはもう満足そうなヴェルディーゼ。
それを見れば簡単に犯人がわかったので、念の為に言ってくれたのだろう。
女将は、ヴェルディーゼに困らせないようにと言いながらも二人の様子を見て大丈夫そうだと目元を綻ばせていた。
「優しいんですね、女将さん。でも、大丈夫ですよ。……待ってください、主様。主様には言ってないです、嬉しそうな顔しないで! これに関しては怒ってますからね!? ただ、こんな些細なことで本気の喧嘩になったり、この宿屋さんに迷惑を掛けたりはしないってだけで……! 主様には言ってません!!」
「些細、ね?」
「もうやだぁこの人! もう! ……あっ、お騒がせしてごめんなさい、女将さん。朝食、味わっていただきますね」
「ふふ、ありがとう。じゃあ今度こそ行くよ、何かあったら遠慮無く言って」
女将がそう言うのを見届け、ユリがじとりとヴェルディーゼを睨んだ。




