宿と恋人らしいこと
てくてくと2人で歩きながら、ユリがきょろきょろと辺りを見回す。
門番の言っていた団欒の宿を探しているのだ。
クラリアの街に入った2人だが、団欒の宿の場所を聞いていなかったことに気が付き、現在は慌てて戻って場所を聞いてきたところだ。
「いやぁ、何か良い感じに門番さんがようこそ! って街に入れてくれたのに、すぐに戻ることになるとは思いませんでした……なんだか申し訳ないです」
「そうだね……規模はそこまでだけど、歩き回って探すのも辛いからね」
「ですよねぇ。大きめの村を、サイズそのままにすっごく発展させた感じです。……あ! あれじゃないですか? ほら、団欒の宿って書いてありますよ。……あれ、私なんで異世界の文字が読めて……?」
「……今更? 僕が読めるようにしてるよ」
「……私一人で異世界に行くのは無理ゲーってことですか……?」
「へぇ……一人で行きたいんだ」
ヴェルディーゼが不穏な笑みを浮かべながらそう言うと、ユリがぶるりと震え上がった。
そして、慌てながら弁明を試みる。
あくまでも主様の負担を減らしたいからそう発言したのであって、別に一人で行きたいわけでは、と。
少しの間無言でユリの弁明を聞き、満足したのかヴェルディーゼがその頭を撫でて手を繋ぎ、宿の中へと入った。
「いらっしゃい! 宿泊するかい? それとも食事?」
「……ユリ、お腹空いた?」
「へっ、えっ、あっ、ああ……そうですね、夕食には少し早いですけど……お腹は空いてます」
「じゃあ、食事を。宿泊は……まだ未定でも、大丈夫?」
「了解、そろそろ部屋が埋まり始める頃だけど……まぁ、少なくなったらこっちから催促させてもらおうかね。じゃ、あそこの席で待っておいて」
女将がそう言うと、ヴェルディーゼが頷いてユリの共に席に向かった。
すぐに席に座り、2人が談笑し始めるが何やら視線が集まり、ユリが落ち着かない様子で身動ぎをした。
それを見て、ヴェルディーゼが軽く爪先で机を叩く。
すると、周囲に透明な結界が張られ、周囲からの視線が散っていった。
すぐに結界は目に見えなくなり、ユリが目を丸くする。
「……今のは……」
「見抜く練習もしたよね。当ててごらん」
「あぐ……抜き打ちテストですか? うーん……幻影とか、結界の中の景色を見えなくする系……? でも、それだと視線が余計に集まるはずですよね……ぐぬぬぬ……」
「外の存在に中を認識できなくさせる結界だよ。まぁ、近付かせないようにさせるものとか色々効果を仕込んでるけど……見えてるけど、意識することができない感じかな」
「……それだとご飯が運ばれてこないのでは……?」
「宿の関係者は効果を弱めてあるから大丈夫。あと……あ、いや。……なんでもないよ」
「隠し事ですか? ……からかうための隠し事はやめてくださいね?」
ユリがジト目でヴェルディーゼを見上げながらそう言うが、ヴェルディーゼは視線を逸らして笑った。
それにユリはむっと唇を尖らせつつも、何か言ったところで内容を明かされることもなさそうなので口を噤む。
追求を諦め、2人で会話をしていると女将が食事を運んできた。
メニューはパンにスープ、それから謎の肉料理だった。
バラ肉で何かを巻いているので、肉巻き料理なのだろうが中身が全くわからないのだ。
ぐるぐると巻かれた肉の隙間から、綺麗な白が覗いている。
「……この肉巻きの中身はなんですか?」
「コナレだよ、あんたの家では出なかったのかい? 家庭でも作られる、結構一般的な料理なんだけど……まぁ、食べたことがないならよーく味わっとくれよ! うちのは美味しいって評判なんだよ。確かにコナレは果物だけどね、肉に合うんだ」
「……コナレ……」
コナレってなんだろう、と思いながらユリが呟いた。
女将の発言から、それが果物だということはわかるものの味の想像が全く付かない。
とはいえここは異世界、そしてユリはファンタジー作品好きである。
少しずつテンションが上がってきて、キラキラと目を輝かせてコナレの肉巻きとやらを眺め始める。
「美味しいのかどうかはわかりませんけど……テンションが上がってきましたっ!! なんでしょうねコナレって!!」
「僕も全く知らないな。とりあえず森には無かったけど、こんな白いの」
「ふひひぃ……ちょっとドキドキするけど、いただきますっ。……え、なにこれ美味しい……なにこれ……」
「……もう少し詳細な感想は?」
「えっ……うーん……美味しいんですけど、なんて表現すればいいのか……えーと……表現の仕方悪くてもいいですか?」
ユリが困った顔でそう言うと、ヴェルディーゼが戸惑いながら頷いた。
するとユリは確認するように一口コナレの肉巻きを口に運ぶ。
そして、自分で納得したように頷くと、至って真面目な顔で言った。
「美味しいスティックのりです、これ」
「……は?」
「ネチョネチョはしてないので、粘度は比較的少ないと思いますけど……食感がスティックのりです。でも美味しいです。あ、そうだ、味は……なんでしょうね? ほんのり甘くて……」
「なんでスティックのりの食感を知ってるの? ……た、食べたの?」
「へ? ……あっ違っ! 見た目とか使ってる時の感触から、こんな食感だろうなってわかる時あるじゃないですか!? 料理の匂いと味が全く違うことなんてほとんど無いじゃないですか! そういうことです!」
「……じゃあそういうことにするけど。とりあえず美味しいんだね? ……あ、美味しい。でもなにこれ……長芋が近い? いやでも……違うな……」
「なんで私が本当はスティックのりを食べたことあるみたいな言い方をしてるんですか!? 本当に無いですよ! もうっ。……ふはぁ、スープ美味しいー……」
ユリが諦めたように肩を竦めながらスープを口に運ぶと、幸せそうに頬を綻ばせた。
ふんにゃりとした表情にヴェルディーゼが笑みを浮かべ、ユリの頭を撫でる。
それに更に幸せそうな顔になりつつ、ユリがパンをちぎって口に放り込んだ。
次はスープに浸して食べ、ユリが片手で頰を押さえる。
「はあぁ……美味しい……ハッ。……。……!!」
「……ん? どうしたの?」
少しの沈黙のあとにじっとヴェルディーゼを見つめ始めたユリにヴェルディーゼが首を傾げた。
不思議そうなヴェルディーゼの視線を受けながら、ユリが震える手でパンをちぎり、そっとヴェルディーゼの口元に差し出す。
ユリがやりたいことを察し、ヴェルディーゼがぱくりとそのパンを口で受け取った。
「ん……美味しいね」
「……ふわあぁ……」
「ユリ……?」
ユリが妙に蕩けた幸せそうな顔をするので、ヴェルディーゼがまた首を傾げた。
今日のユリは意図のわからない行動が少しばかり多い。
しかし名前を呼んでも何も反応しないので、読心をしようかとヴェルディーゼが考えているとユリが口を開いた。
「主様と、恋人らしいこと……ほわあ……」
「……ああ、それで。思ってたよりも乙女だ……ふふっ。ほら、ユリ。お返しだよ、あーん」
「!!!! ……あー……むっ。……ん〜〜!!」
食べさせたのは普通のパンなのだが、ユリがとんでもない美食を食べたような表情で頬を押さえた。
机の下で足がバタバタと暴れている。
それを観察するような視線で眺めつつ、ヴェルディーゼが食事を口に運んで呟く。
「宿を探すのも面倒だし、食事も美味しいし……泊まるのはここでいいかな」
「はいっっっ!!」
「……別にここじゃなくても、食べさせ合えるものはあると思うよ?」
呆れたようにそう言いつつ、ヴェルディーゼが笑った。




