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最高位と眷属

 ユリが身体を起こし、ズキズキと痛む頭を押さえる。

 そして周囲を見回したところで、はたと違和感に気が付いた。


「……転生……の、はずじゃ……じゃあ、何で私……前と同じ背丈で……赤ちゃんにも、なってないの……? 神様の、サービス……? ……というか」


 呟きながら、ユリが顔を上げる。

 目の前には荘厳なお城が鎮座していて、その大きな門が口を開けるようにして開け放たれていた。

 門は誘うように大きく開いているものの、流石にそこに入る勇気はなくユリがお城から視線を外して周囲を見回す。


「……ただの、草原……というか、そもそも。……景色が不自然な途切れ方してるし、ここって……浮島、みたいなところなんじゃ。街もないのにお城だけがあるのも変だし……うぅ、何なのこれ……」


 全く以て見知らぬ場所、しかも転生もしていなさそう。

 そんな状況にユリが頭を抱え、溜息を吐いてお城を見上げた。

 しばらくお城を眺め続け、ユリが覚悟を決めてそっと城に足を踏み入れた。


「……廊下、なっが……なにこれぇ……」


 ユリが呟いた通り、門の先は長い長い廊下だった。

 廊下の先には大きな扉があり、しっかりと閉じられている。


「……あの扉に、行けばいいのかな」


 不思議とユリはそう感じ、目標を扉に定めて歩き出した。

 しかしユリは体力がある方ではない。

 むしろ、運動神経だって悪いし体力なんて必要最低限である。

 少なくとも、自分から運動をすることはない。

 なので、長い廊下を歩くことすら負担になってしまうわけで。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……あどぢょっど……ゔぅ……じぬ……ゔあー……廊下……長すぎ……」


 ユリがそう言って床に倒れた。

 必死になって呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がって歩いていく。


 それを10分ほど繰り返し、ユリがようやく扉に辿り着いた。

 ユリは扉の前でもう一度呼吸を整え、ゆっくりと扉を押し開く。


「やぁ、お疲れ様」

「は……ぇ? ……神様……? ……なんで……?」


 扉の先には玉座があり、そこには黒い空間で出会った男が座っていた。

 足を組み、疲労困憊のユリを見て男はくすりと笑い手を振るう。

 すると、ユリの目の前にコップに入った水が現れた。

 中には氷が入っており、軽く触れただけでもとても冷たい。


「とりあえず飲んで。暑いでしょ? ……ああ、冷たいからゆっくりね」

「……え……と、ありがとう、ございます……? ……あ、美味し」


 ユリが立ったままちびちびと水を飲んでいると、いつの間にか男が立ち上がってユリの目の前に立っていた。

 きょとんとするユリの顎を軽く持ち、男が目を眇める。


「ん、んぐ……っ、なんですか……?」

「……いや、今は気にしなくていいよ。あー……触診みたいなものだと思って」

「触診……? はあ……そ、それで、その……色々と説明が欲しいん、ですけど。転生するって、お話だったんじゃ……?」


 戸惑いながらユリがそう尋ねると、男が微笑んで指を鳴らした。

 するとほんの一瞬の浮遊感と共に目の前の景色が切り替わり、ユリはいつの間にかソファーに腰掛けていた。

 ユリとは反対側、対面のソファーに座った男が足を組んで微笑む。


「それじゃあ説明しよう。先ず……僕はヴェルディーゼ。〝最高位邪神〟ヴェルディーゼだよ」

「……え、と……? ……邪神……最高位……? ……黒い空間だった時点で、なんとなく本当に神聖な神様なのかなとは……思ってた、けど……最高位……つ、つまり、その……」

「現在確認できている神の中では一番強いことが証明されてる。だから最高位だよ。まぁ、僕のことはどうでもよくて、今は状況の説明だね。……疲労も落ち着いてきたみたいだし。さて……どこから説明しようか……そうだねぇ、君が今戸惑っているのは、君のせいでもあるんだよ」

「……はい……?」


 突然そんなことを言われ、ユリが更に混乱を露わにする。

 それを楽しそうに眺めつつ、男、ヴェルディーゼは説明を始めた。


「僕なら、転生もできなかったわけじゃない。でもね、僕が君を……ユリをあそこに連れてきたのは、最初からそれが目的じゃなかったんだよ」

「……じゃあ、あなたの目的は……何なんですか……?」

「君を見初めたんだ。だから、転生なんてさせて君を遠くへやるつもりなんて最初から無かった。……まぁ、これも転生と言えば転生、嘘を吐いてるわけでもないしね。記憶をそのままに生まれ変わってはいるし」

「え……生まれ変わってるん、ですか? ……前と何も変わらないのに?」

「うーん……髪も長いし、道中で気付くと思ったんだけどな。まぁいいや、はい。鏡で見てごらん」


 ユリがきょとんとしながらヴェルディーゼから手鏡を受け取り、自分を映した。

 そこには、白銀色の髪に黄金色の瞳をした少女が映る。


「うわ、わぁあ、うわぁあああ……! なんか、なんかThe・異世界人! って感じの色してる! うわ! 凄い! キラキラしてる! すごい!! ファンタジーな色してる! すご! なにこれ! すご!!」

「……語彙が……」

「顔は変わらないのに! 凄い! うわ! アニメみたい!!」

「……嬉しそうで何より。それが、君が神に生まれ変わった証だよ」

「……はい?」


 神に生まれ変わった証。

 その言葉を理解することができず、ユリが完全にフリーズする。

 一分ほど掛けてユリがゆっくりとその意味を理解し、少し身を引いた。


「……話と違う、ような」

「それはそうだろうね。転生云々はただ君が生み出した妄想の産物だから。僕は転生というのも間違いではない、と言っただけで、提案は全くの別物。僕は何度も受け入れるのか確認したし、その上で受け入れたのは君。だから、君が戸惑っているのは話をちゃんと聞かなかった君自身のせい。さっきの言葉はそういう意味だよ」

「う、うぐ……じゃ、じゃあ、提案というのは……」

「生きるために、僕の眷属になるか」

「……眷属? って……要するに……えーと……な、何て言ったらいいんだろう……従者……奴隷……? もっとこう、種族的なあれの……」

「簡単に説明するなら、主の影響を受け魔力と魂が繋がっている存在だね。眷属が主に逆らうことはできないから、奴隷っていうのも近いかな」

「……つまり……その眷属に、私がなった……?」


 ユリが頰を引き攣らせながら確認するように尋ねると、ヴェルディーゼが笑顔で頷いた。

 ユリが目を逸らし、少ししてから声を張り上げる。


「ちゃんと話を聞かなかった私にももちろん非はあります、けど……! もう少し、ちゃんと説明を試みるべきだったと思います……! ……主に逆らうことができなくなってしまうのなら、尚更……そ、そんなの、詐欺と変わらないんじゃないですか……!?」

「そうだね、そうかもしれないね。……でも、説明したところで結末は変わらなかったんだよ。生きるためにはそうするしかないし、何より僕に逃がすつもりがなかった。説明してもしなくても変わらない。だから、合意さえ得られればなんでもよかった。……少し騙した形になったことは謝るよ。その代わり、ってわけでもないけど、君の安全は守る」

「……そ、そういうことじゃ、なくて。……結末は変わらない、とかは……どうでもいいんです。死にたいとは思わないので……その通りだと思います、し。……私が非難したいのはそこじゃなくて、説明をちゃんとしようともしてくれなかったことです」


 ユリが不安げにしながらもそう口にすると、ヴェルディーゼが考え込むように顎に指を当てた。

 そして、頷いてから笑って言う。


「なるほど。眷属になったことそのものじゃなくて、その過程……説明しようとする気すらなかったことに怒ってるんだね?」

「……はい。いや、いつの間にか眷属になってることも、まだ飲み込めてないですけど……その、あなたがどういう人……神様なのか、まだ全くわかってないですし……どうしようもないですから、突っ込んでも仕方ないので、まずはそこから」

「うーん……なるほど。……ごめんね、面倒だったから魔法でちょっとだけ思い込み激しくして説明省いちゃった」

「……え……はい?」

「僕が説明しなかったのは、逃がす気がなかったのと、ただ単純に面倒だったから。後でしっかり説明することにして、その場では疑問も抱かせずに僕が頷かせたんだよ。これにも君は怒るだろうけど、事実である以上僕は君に誠心誠意謝るしかない。僕には……人の心がわからない。だけど君がそれを不愉快に思うのなら、せめて謝罪はするよ。眷属であることは覆させないけど、距離を取っても構わないよ。拒絶しても世話はするから」


 ヴェルディーゼが綺麗な顔を少し俯かせ、息を吐いてから頭を下げた。

 顔を上げ、ヴェルディーゼが呆気に取られるユリを見つめる。


「……じ……時間を、ください。……ちょっと……情報量が多くて……処理し切れなくなってきた……」

「どうしたらいいのかわからない?」

「……はい。全部、全部唐突すぎます……どう反応していいのかも……わからなくなって、しまいました」

「わかった。なら一先ず部屋に案内しようか。そこでゆっくり考えるといい。こっちだよ」


 ヴェルディーゼがそう言いながらユリの手を取って歩き出した。

 そのまましばらく歩き、ヴェルディーゼが一つの扉の前で立ち止まる。


「はい、ここがユリの部屋だよ。考えが纏まったら僕の部屋に来てね。あ、僕の部屋は右隣だから。いなかったら左隣かな」

「……わかりました。ありがとうございます……」

「うん。ゆっくり考えてくれていいからね。数年でも待てるから」

「す、数年は流石に……じゃあ、その……纏まったら、話しに行きますね」

「うん。ああ、何かあったらその時も遠慮なく伝えに来てね。それじゃあ」


 ヴェルディーゼがそう言い、隣の部屋に入っていった。

 それを見届けてからユリがそっと扉を開き、中に入る。


「お邪魔します……って、ひっっろ……! 部屋の内装も可愛い……! ベッドふかふか、ソファーも……柔らかすぎなくて座りやすい……! なにこれすごい! ……あ、じゃなくて……考え事しないと……ふふ、このソファーで考え事……ふふふふっ」


 ユリが上機嫌でソファーに腰掛け、集中して自分の考えを纏め始めた。

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