世界封鎖
少しの間ユリの頭を撫で、甘やかし、満足したヴェルディーゼはふぅっと息を吐き出した。
そして、咳払いをすると、ユリの頬に手を添えて言う。
「じゃあ、ここからは真面目な話。ルスディウナについてなんだけど」
「……本体……とか、言ってました……っけ? 記憶が曖昧なんですけど……」
「そう。ユリがいない間、僕はルスディウナが手を出してくるだろうと思って、対抗策としてルスディウナの本体を探してたんだ。あれでもルスディウナは意外と用心深いから、少し手間取ったけど……」
「……あのルスディウナは、本体じゃない……ってことですよね? で、これまでずっと偽物の身体のルスディウナと会ってたってことで合ってますか?」
「うん。容姿は本体と一切変わらないけど……たぶんあれは狂信者の身体を使ってるのかな。中身はルスディウナの自我に食い潰されて残ってないだろうけど。はぁ……まぁ、本体の位置を突き止めておいて良かった」
ヴェルディーゼがそう言いながらユリを抱き締めた。
その存在を確かめるように、ヴェルディーゼは服の上からそっとユリの身体の輪郭をなぞっていく。
くすぐったさにユリが身を捩りつつ、ユリはヴェルディーゼに本題について尋ねた。
「えっと、それで……話したかったのは、その共有ですか? それとも……」
「ああ、うん……そうだね、話の続きをしないと……本体の話は……もう移動してるだろうし、今はいいか。ルスディウナが用意してた人質についても共有しておきたい」
「……人質……」
不安そうにユリが呟いた。
その頭の中に浮かぶのは、シルヴィアの姿だ。
対処をした、という台詞はなんとなく覚えているが、もしかしてもうあれを使うことになってしまっていたり、とユリは不安そうに、答えを求めてヴェルディーゼを見上げる。
「人質は……クーレと、メルール。違う世界で、ユリが仲良くしてた二人だね。……無事に救出はした。怪我一つ無いよ」
「……え? ……えっ?」
「それぞれ違う世界にいた存在が狙われた。これは、相当面倒なことだよ……相応に、本気でユリのことを潰したいんだろうね」
「やっ……ちょっ、と、待ってください……ま、まだ理解が……クーレ、ちゃんと……メルちゃん……? どうして二人が……? ……ゆうちゃんやシルヴィアを狙った方が、きっと、簡単なのに」
「凄く手間のかかることでも、ユリを潰すためなら厭わなかった。簡単には対処できなくしたかったんだろうね。その対処に時間が掛かれば、ルスディウナは長くユリの相手をできる。時間を稼げば稼ぐほど、ルスディウナが有利になる。ルスディウナが掛けてたあの魔法、時間が経てば経つほど思考力が奪われるみたいだからね」
クーレとメルールが狙われた。
無事に救出されたとはいえ、二人は大きな恐怖を味わったことだろう。
――自分のせいで。
ユリの頭に、そんな思考が滲む。
「ユリ」
柔らかな声が、優しくそんな思考を吹き飛ばした。
呼びかけ一つ、それだけでユリの暗い思考を追い払ったヴェルディーゼは、ただただ優しく言う。
「ユリのせいじゃない。一番悪いのはルスディウナで、次に悪いのが……あれの術中に嵌った僕。ユリが自責する必要なんてどこにもないんだよ」
「……でも……クーレちゃんとメルちゃんは、私の……。……ふぅ……いえ、そうですね。こんな思考でいたら、あの女――コホンッ、すみません。ルスディウナに突つかれそうです。やめておきます……でも、主様だって悪くないですよ。主様に何かを仕掛けたルスディウナが、全部ぜーんぶ悪いんですからね! ……まぁ、人質の件はわかりました。世界が捕捉されてるってことは、他の人も狙われる可能性がありますよね。その対策とかってできそうですか?」
ユリがそう尋ねると、ヴェルディーゼは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも頷いた。
そして、いつもよりも低い声で、嫌そうに言う。
「本当は、やりたくないんだけど……ああいや、一から説明しないといけないか。えーっと……全ての世界の最高管理者であり、最高責任者である僕には、世界に干渉する権限がある。その権限で、僕は二つの世界を一時的に封鎖する。そうなれば、ルスディウナは手出しできない。権限が無いからね」
「ふむふむ……世界への出入りを一切封じるってことですよね。でも、それならどうしてそんなに嫌そうなんですか?」
「……出入りできなくする。つまりは……ルスディウナが中にいたら、意味が無いんだ。閉じ込められたからと、僕たちに関わった人を全員殺す可能性があるから。だから僕は、世界を封鎖し、中にいるかもしれないルスディウナを探し出し、抹殺する必要がある。ルスディウナは、本体では動かず、代わりの身体で行動する……そして、その身体は複数存在できるから」
そこまで説明されて、ユリはヴェルディーゼが嫌そうにしている理由を理解した。
そして、確かめるようにヴェルディーゼを見上げ、そして微笑む。
「つまり……主様は、そちらの作業に集中する必要があると」
「うん。ユリの傍を離れなくても、それくらいはできるんだけど……意識は、常には向けられない」
「だから……それまで、私はゆうちゃんとリューくんを守り、導く必要があると」
「……うん」
「承知いたしました、主様。そのお役目、私にお任せください」
仰々しく、ユリはそう口にする。
ヴェルディーゼはそれを不安そうに見て、無言のままに眉を寄せる。
ユリに悠莉を任せた結果、ユリは気を張って、追い詰められてしまっていた。
だから、ユリに任せることを渋っているのだろう。
「……離れるわけではないんでしょう? なら、大丈夫です。主様がいるのなら、大丈夫。信じてください。もし私が追い詰められてしまったら……素直に自分で口にできるかどうかはわからない、ですけど。……主様なら一目でわかるって……信じてますから」
「……はぁ……全く。……わかった。信じて、任せるよ。無理はしないように」
「ふふっ……はい、主様!」
任せるとは言いつつも不安そうなヴェルディーゼにくすりと微笑んで、ユリは力強く頷いた。




