不安定な理由
二時間後。
温もりに包まれながら、ユリが目を覚ました。
「……んぁ……?」
「あ、起きた? おはよう。あんまり寝すぎても夜寝られなくなりそうだし、一旦この辺でちゃんと起きようか。起きれる? よく寝れた?」
「……ふぁい……ん〜……! 数日ぶりに、寝れました……ふわぁ……っ、ぁ〜……」
ユリがあくびをして、ぽすっとヴェルディーゼの胸元に収まった。
とても嬉しそうにしている。
「……その、ね。僕の傍にいて、喜んでるのは……嬉しいんだけど……」
「はい〜……?」
「……ユリは僕に……もっと色々、聞きたいこととか……あるでしょ?」
歯切れ悪くヴェルディーゼが言うので、ユリがきょとんとしながら首を傾げた。
そして、ふと周囲を見ると悠莉と龍也も戻ってきている。
どうやら話はできたらしく、ユリがそれにほっとしていると段々頭が回ってくる。
「……むっ。……んー……あー……なるほどぉ」
「……ゆ、ユリ……?」
「主様がやたら挙動不審な理由がわかりました。ルスディウナの魔法に掛かってた上に、寝不足で……そりゃこんなことわかっても怒れないですね。そんな余裕無かったです。……で、主様は私がこれから何を言い出すかわかっているから怯えていると」
「……うん……たぶん」
「はいはいはい……わかりました。じゃあ、円満な恋人に戻るために、ちょっとオハナシしましょっか。ゆうちゃん、リューくん……申し訳ないんですけど、二人きりにしてくれますか? 主様と大事な話をしないといけないので……ごめんなさい」
「わかってたから、気にしないで。えっと……喧嘩はしないようにね。じゃあ、龍くん行こっか」
「ああ」
スムーズに部屋から出ていく二人を眺め、この展開も全部わかっていたな、とユリが横目でヴェルディーゼを見た。
二時間とはいえ、やっと眠ることができて頭は冴え渡っている。
ちゃんと冷静に話をしよう、とユリがヴェルディーゼを見上げた。
「……道理で不安定なわけですね。私に愛想尽かされるんじゃないかってビクビクしてたわけですか」
「だって……僕が自分で、離れないって言ったのに……ユリを不安にさせたくなんか、なかったのに……眠れないことを知ってたのに、僕は……」
「ああもう……すぐ自責モードに入っちゃうんですから。よしよーし、落ち着いてくださーい。主様は、自分で離れないって言ったのに、強制的に私を引き剥がしたことを自責しているんですよね。じゃあ、先ず……今そう言えるのに、主様が簡単に私を遠くへ飛ばす判断をするわけがありません。そこはわかってます。察するに、そんなことを考慮できる状況ではなかったか、ルスディウナに何かされていたか。はい絶対後者ですねあんなのに主様が負けるわけありませんし魔法なくたって主様はつよつよですし。つまりルスディウナが全部悪いんですよQ.E.D.証明完了」
そう言い、ユリがふぅっと息を吐き出した。
勢いで喋っていたユリに気圧されていた様子のヴェルディーゼは、そっとその頬に手を添えて優しく微笑む。
自責してほしくないのだと、そんな気持ちが見えたから。
「えへへ……まぁ、それはそれとして……」
「……ん!?」
ユリの纏う雰囲気が急変して、ヴェルディーゼの肩が跳ね上がった。
綺麗な顔に、怒りと悲しみが浮かぶ。
「投げ飛ばすって意味わかんないんですけど!? は!? 約束は違えるしめちゃくちゃ危険な真似されるし怒らないわけないんですよわかりますか主様!?」
「あっ……うっ……ご、ごめん」
「なんとかここに着地できたはいいもののっ、悪夢が怖くて寝れないし寂しいし心配だし……! 私がどんな気持ちで待ってたかわかりますか!? 実力のことは知ってますけど、ルスディウナにはこの世界にいることはバレてますし不安要素だらけでした! なのに……なのにっ」
「……ごめん」
「主様はさっきからそればっかり! 私っ……私は! ゆうちゃんよりも、ずっと強いから……守らないといけなくて……心配させるわけにはいかなかったから……! ずっと、気を張りっ放しで……押し潰されそうで……主様がいないとダメなんですよ……私。……主様がそういう風にしたんですからね。ちゃんと、責任取ってください。……怖くて、苦しくて……ちゃんと迎えに来てくれるまで、ずっと、捨てられちゃったんじゃないかって……不安だったんですから、ね……」
そう言って、ユリはヴェルディーゼの胸元に顔を埋めた。
ヴェルディーゼが無言のままその背中に腕を回すと、ユリはそっと顔を上げて、泣きそうな顔のまま言う。
「主様のバカ。すぐルスディウナの変な罠に引っ掛かるポンコツ」
「……じ、自覚はしてるから」
「それで誤魔化そうとしてるの、わかってるんですからね。自覚があっても何もしてなきゃ意味ないです。私が知らないだけで、頑張ってて……でも、成果が無いなら……私にも色々考えさせてください。……恋人同士なのに、私に頼ろうとしない意地っ張り主様。ばかでポンコツで意地っ張りなダメダメ主様。えーっと、あとは〜……え〜……ば、ばーかばー……んっ!?」
「……ユリも、そうやって僕のこと罵って、怒らせて、泣きそうなこととか、色々誤魔化そうとしてるよね。……皇帝に求愛されてることとか。ふふ……ユリが満足したなら、次は僕の番だよね。皇帝辺りの話は、一先ず重要じゃないから後回しにしてたんだ。まだまだ時間はあるよ。離れ離れだった分、たくさん話をしよう。……ねぇ、ユリ?」
突然唇を奪われ、固まるユリにヴェルディーゼはゆったりと、しかし声音は捲し立てるようにそう言った。
顔を真っ赤にしていたユリが、皇帝のことを口にする度に声が低くなるヴェルディーゼに顔を青くして震え上がる。
ぷるぷると震えてユリが距離を取ろうとすれば、にっこりと微笑むヴェルディーゼがそっとユリの指を自分の指で絡め取った。
「……ひえ……主導権……握られ……」
「隙を見せたユリが悪い。……謝るべきことはたくさんあるけど……ユリだってもう、怒ってないでしょ。ルスディウナは絶対にもうしばらくは手を出せないから、対策についても多少は遅れても問題は一切無い。保証するよ。……だから、恋人である僕が知っておくべきこと。全部、話して?」
「……ひゃぃ」
紅い瞳に見下ろされ、ユリがか細い声でそう返事をした。




