龍也の想いとヴェルディーゼの後悔
緊張した面持ちで、悠莉と龍也が廊下を歩く。
二人の間には気まずい空気が漂っており、目を合わせずに歩いていた。
「……悠、莉……姉ちゃん」
「うん……なに?」
おずおずと、龍也が口を開く。
すると悠莉は少しほっとした笑顔を浮かべて、それに応えた。
しかし、まだその表情には戸惑いが浮かんでいる。
「……その……さっきは、急にごめん。びっくりしたよな……」
「ま、まぁ……そう、だね。……うん、びっくりした。龍くんが、急に私のこと呼び捨てにするんだもん」
「だ、だよな。ごめん……」
「……龍くん。そうした理由を伝えるために、私を連れ出したんでしょ?」
優しく微笑みながら悠莉が言うと、龍也はこくりと小さく頷いた。
そして、深呼吸をして、真剣な表情で悠莉を見る。
「好きです。異性として……ずっと、好きでした。俺と、付き合ってください」
急に呼び方を変えた龍也に、薄々察してはいたのだろう。
悠莉は無言のまま困ったように微笑んで、落ち着かない様子で髪を耳に掛ける。
そのまま、悠莉が何も言えずにいると、龍也はゆっくりと息を吸って悠莉を安心させるように、優しい声で言う。
「返事は……今じゃなくて、いいんだ。何年でも待つからさ」
「……龍くん……」
「俺、頑張るから。頑張って、悠莉のこと……振り向かせるから。……もし、どうしても受け入れられなかったり、他に好きな人ができたら……振ってくれ。でも、答えを出せないなら、俺は何年だって……何十年だって待つ」
「……う、ん。……ごめんね。まだ、戸惑ってて……答えは、すぐには出せそうにない。……でも……そんなに大切に思ってくれてるのは、素直に嬉しい。伝えてくれてありがとう……ちょっと、考えてみる」
真剣な表情で悠莉がそう言うと、ほっとした様子で龍也が頷いた。
そして、表情を引き締めると悠莉の手を取って言う。
「今度……一緒に出かけよう。いつになるか、わからないけど……時間を取って、出かけよう。俺……悠莉の好きなものとか、もっと知りたい」
「……う……うん……そう、だね。……私も……もっと真剣に、龍くんのこと……見てみる、よ」
悠莉がそう言ってふにゃりと笑うと、龍也が照れたように目を逸らした。
そして、そっと悠莉の様子を窺いながら手を握り、繋いで歩き出す。
その手は握り返されることはなかったが、振りほどかれることもなかった。
そうして、二人は部屋に戻ると、顔を見合わせて普段通りを心掛けながら扉を開ける。
「……ふ、へへっ……ん……もっと撫でてぇ〜……」
ふにゃんふにゃんになってヴェルディーゼに甘えているユリがそこにいた。
ベッドの上で二人仲良く横になり、足を絡ませ合いながら添い寝をしている。
「……あっ……ごめん、ね? また後で来るから……」
「あ、ああ……そうだな! 悠莉姉ちゃ……悠莉! 俺、城の案内とかしてほしい……」
「あー……こっちこそごめん。……ユリを安眠させるためにやってるだけだから、入っていいよ。そっちの話が落ち着いたなら、こっちの状況とか教えてほしい。僕は急いでルスディウナのことに対処しただけだから……状況については、あんまりわかってなくて」
困ったようにヴェルディーゼが言うと、悠莉と龍也がお互いの目を見てからそろりと室内に入った。
そして、悠莉はそっとユリの傍に寄ると、その表情を覗き見る。
今の数秒でユリは完全に眠りに落ちたらしく、すやすやと小さく寝息を立てていた。
そして、その目元にはうっすらと涙の跡が残っている。
「……泣かせたの?」
「うっ……それも、間違ってはないんだけど。……いや……今回は僕が悪いな。離れないって言ったのに、ユリの意思を確かめずに、あんな風に……うん、責めてくれていいよ。悠莉の気が済むまで。……ユリが起きたら……ユリの怒りと悲しみも、もっとちゃんと受け止める。……別れるって言われても、引き留めるわけにはいかないなぁ……はぁ。……最悪の場合……二人と一緒に帰ってもらう……か。……それがユリの幸せに……繋がるのなら……あ、泣きそう。この前初めて泣いたばっかりなのに……もう予兆がわかるように……ユリ、さっきは嬉しいこと色々言ってくれたけど、冷静になったら、きっと……僕を嫌いに…………」
ヴェルディーゼの感情が荒ぶっていた。
ひゅ、とその喉の奥から空気が漏れる音がして、その顔色が見る見る内に悪くなる。
「……なぁ、悠莉姉ちゃん。これ、状況よりも……」
「うん……ヴェルディーゼさんをどうにか落ち着けた方が良さそう。結莉を起こすわけにはいかないし……が、頑張らないと……だ、大丈夫だよ、ヴェルディーゼさん! 結莉はそう簡単に誰かを嫌うような子じゃないし……!」
「簡単には許されないことをした。僕は自分で、絶対にユリから離れたりしないって言ったんだ。ちゃんと覚えてる……なのに……」
「あー……それは……たぶん、っていうか絶対……ヴェルディーゼさんが悪い……」
「龍くん! 今はダメだよ!」
「ご、ごめんっ。失言だった……でもそれはっ……その、ヴェルディーゼさんがおかしくなってたりしなかったらの話、だと思うんだ。ヴェルディーゼさん、ユリ……さんが襲われてるって言ってただろ。自分が傍にいなかったからって……なら、分断されるように誰かが仕組んでても、おかしくないんじゃないかって……」
ぴく、とヴェルディーゼの肩が動いた。
ここでは、魔法を多くは使えない。
だから、危険を承知した上で、ヴェルディーゼは危険を回避するための魔法も解除していた。
そんな状況ならば、ヴェルディーゼが掛けられた魔法に気付かないなんてことも、あるだろう。
やろうと思えば全力を出せる、今の状態でも。
それが頭から抜けるほどには、ヴェルディーゼは焦り、自責し、ユリに嫌われることを恐れていた。
「……う、ん。……ふぅ……これでよし。……ごめん……さっき、ユリが宥めてくれてたんだけど……また不安定になってた。……どちらにせよ、この後一波乱あるだろうけど……ちょっと心が軽くなったよ。……改めて、状況を教えてくれる?」
「あ、うん。えっと……順番に説明するね」
悠莉はそう言い、ヴェルディーゼの様子を気に掛けながら説明を始めた。




