プレゼントと降り立つ未知の世界
そして翌日、ユリが頬を染めながら椅子に腰掛けていた。
その後ろに立つヴェルディーゼの手には紅色の宝石が付いたネックレスかあり、ユリは今それを付けてもらっているところである。
「……ひゃー……家族以外からアクセサリーなんて貰ったの初めてです……ゆうちゃんはそういうのより便利グッズとかプレゼントするタイプだし」
「そうなんだ。……はい、付けたよ。見る?」
「はい! 鏡、ありがとうございます……わあ、綺麗……! なんかさっきよりキラキラしてませんか?」
「魔力を吸わせたからね」
「……なんで……? ……まさか、な、何か仕掛けが……何を仕掛けたんですか!? ちょっと怖いんですけど!」
ユリが顔を青くしながらそう尋ねると、ヴェルディーゼが肩を竦めた。
そして、ユリの頭を撫でながら言う。
「大丈夫、ユリには何の影響も無いものだよ」
「……周りには影響があると……」
「そうだね。ユリを守るためのものだからね。僕が殺すのならともかく、他の存在に殺されるのは――ん?」
「……え……怖……えっ……えぇ……」
「……我ながら酷いね。本当にユリのことを愛しているのかな、僕は……はぁ……」
「ああ、今の〝ん?〟って自分の発言に疑問を持ってたんですね。疑問すら持てなかったらちょっと……流石に本気で引いていました」
「僕の発言で既に引いていたからね。疑問も持ってなかったらそれは引くだろうね。……こんな話はもう終わりにして。早速出発しようか」
「わあ! 異世界……えっと、クローフィ・ルリジオン? でしたっけ? に、出発ですね!」
ユリが嬉しそうに笑いながらそう言い、数秒ほど経ってからぱちくりと目を瞬かせた。
そして、ヴェルディーゼを見上げると首を傾げて尋ねる。
「……あれ? ネックレスの説明は?」
「さて、出発。何があるかわからないから、よく警戒するんだよ」
「流された!? 主様ちょっと、簡単な説明くらい――うっ……」
目の前の景色が歪み、ユリが嫌そうに顔を顰めて目を閉じた。
◇
ぽす、と背中に腕が触れる感覚にユリが目を開くと、ヴェルディーゼがにこにこと笑っていた。
ヴェルディーゼはそのままの表情でひょいっとユリを抱え上げ、周囲を確認する。
「ええと、ここは……森の中だね、随分と不気味な雰囲気だけど」
「わっ、何サラッと抱えてるんですか! 降ろしてください、自分で歩けますよ!」
「……そうだね。不気味なだけで、特に何も無いみたいだし……まぁいいか。あ、そうそう、野生動物には気を付けてね。危ないかもしれないから、不用意に近付かないで」
「私をなんだと思ってるんですか、もう。それくらいわかってますってばー……まぁ、とにかく気を付けます。何にせよ森を抜けないとですね。……なんで森に転移したのか知りませんけど」
ユリがちらりとヴェルディーゼを見ながらそう言うと、ヴェルディーゼが何も言わずに進み始めた。
こんなところではぐれたら確実に帰れなくなるので、ユリが慌ててヴェルディーゼに付いていく。
そうして歩くこと30分。
ユリが身体を小さくしてヴェルディーゼの背中に貼り付き、その手を固く握り締めていた。
対してヴェルディーゼはのんびりと森を歩いており、周囲を警戒する素振りも見せない。
がさりと、近くの草むらから音がする。
「ぴきゃぁっ! なっ、なに!? なにいまの……!?」
「リス」
「……な、なんだぁ……リス、だったんですね……びっくりしたぁ……」
「もう、いちいち驚いてたら疲れちゃうよ。早く行こう」
「わっ、わっ、わああっ、置いていかないで〜! 待ってください怖い、手、手ぇ……っ!!」
ヴェルディーゼがユリから手を離して更に先へ進もうとすると、ユリが悲鳴のような声でそう言いながら慌ててヴェルディーゼの手を掴んだ。
そのままもう一度ぴとりとヴェルディーゼの背中にくっついて歩く。
「……そんなに怖いかな、ここ」
「怖いです、怖いです! なんかホラーゲームみたいだし、暗いし、木は大きいし、空あんまり見えないし……っ、怖いですよ……」
ホラーゲームのような雰囲気の森にユリは怯え、ぶるりと身体を震わせた。
あまりにもユリが怯えるので、ヴェルディーゼがユリを手を握りしめてやりながら歩いているとまたがさりと奥で音がする。
「……ユリ、止まって」
「ひゅぇっ、な、なんですか……? 今の音は、ただの草むらの音で……そ、そのはずですよね? また動物ですよね? ね? ねっ……??」
「……そこにいるのはわかってるよ。誰?」
「いやぁああああおばけっ!? おばけなんですか!? 悪霊退散悪霊退散主様助けて嫌ぁっ」
「……別に幽霊じゃないから、落ち着いて……」
ヴェルディーゼが困った顔をしながらそう言ってユリを落ち着かせていると、がさりと草むらから誰かが出てきた。
びくりとユリが震え、ヴェルディーゼにしがみつきながら音のした方を見る。
「ごめんなさい。危害を加えるつもりはないの……それから、驚かせるつもりも。ただ、こんな森に人が入ってくるのが珍しくて、少し警戒してしまって。……はじめまして、私はクーレ。あなたたちは、何の用事でこの森に?」
「……女の、子……?」
草むらから現れたのは、小柄な少女だった。
外見年齢は16、7歳程度で、身長はユリより少しだけ高いかくらい。
森には見合わない可愛らしいワンピースを着たクーレという人物は、これ以上ユリを怖がらせないようにとゆっくりと2人の方へ歩いてくる。
「驚かせて本当にごめんなさい。この森、本当に怖いよね。静かで、陽の光も入ってこない……」
「は、はい、あ、いえ、その、えっと……私も、過剰に驚いちゃって……ごめんなさい……えっと、クーレさん……ですよね。クーレさんは悪くないですよ。あっ、私はユリです。それでその……ここはどこでしょう?」
突然現れた美少女に謝られてしまい、ユリはどうしたらいいかわからず一先ずここから出たい一心でそう尋ねる。
すると、クーレは目を丸くし、くすりと笑った。
「もしかして、迷い込んじゃったの? ここは……正式名称は特に無いんだけど、俗称では迷いの森って呼ばれてるよ。霧が濃くて、太陽も月も見えなくて……迷いやすいから、迷いの森。別に、特別な何かがあるわけじゃないんだけどね。……光が届かないからこその利点はあるけど」
「?」
「あっ、なんでもない。それで、帰り道がわからないの? 私、教えられるよ」
「本当ですか!? 凄いですね……! ありがとうございます、助かります……お礼は、どうしましょう? 生憎、手ぶらで……」
ユリが困った顔でそう言うと、クーレがユリの手を掴んだ。
そして、その背後でのんびりとユリを見守っているヴェルディーゼを見ながら言う。
「もしよければ、私の暮らしてるところに来ない? 君達、食料も持ってないよね。ここからだと出るのには数日掛かるから、食料が必要だよ。私も今は、食料を切らしちゃってるんだけど……狩りの道具とかはあるから。食料の調達を手伝ってくれるなら、お礼はそれで大丈夫。奥までは行けないから、時間は少し掛かるけど……寝泊まりと、数日分の食料くらいは私が賄えるから。悪い話じゃないでしょ? どうかな」
「クーレさんの暮らしているところに? ……ありがたいですけど、迷惑なんじゃ……」
「迷惑なんて、そんなことないよ。私、この森でずっと一人で暮らしてるんだ。こんな場所に人は滅多に来ないし、君達も悪い人じゃなさそうだし……久々に人と話ができて、凄く嬉しいんだ。だからね、来てくれると凄く嬉しい。駄目な事情があったり、どうしても警戒しちゃうなら、引き留めないけど……遠慮して断ろうとしてるなら、それはやめてほしいな」
クーレがそう言うと、ユリが振り向いて窺うようにヴェルディーゼを見上げた。
そして、躊躇うようにもごもごと口を動かした後に言う。
「……あ、あの……クーレさんのご厚意に、甘えたいです……っ!」
「いいよ」
「……えっ即答!? わ、私、てっきり駄目って言われるかと……」
「彷徨えば出られないこともなさそうだけど……別に、道を知ってるわけじゃないしね。教えてくれるならそれが一番。……少し遅れたけど、僕はヴェルディーゼ。よろしくね、クーレさん」
「うん。あ、そうだ、しばらくの間とはいえ同居人になるんだから、私のことはクーレでいいよ。さん付けなんて堅苦しいし。さぁ、付いてきて。こっちだよ」
クーレの言葉にこくりと頷き、ユリが相変わらず周囲の雰囲気に怯えながらもクーレに付いていった。




