助け舟の正体
数分ほどして、ユリが泣き止むと、ヴェルディーゼはそっとユリを抱き上げた。
ヴェルディーゼは一度だけ涙を零したきり泣いてはおらず、綺麗な顔がじっとユリを見下ろす。
「……あ、う。……ん」
その紅い瞳が訴えるものを察して、ユリは恐る恐る震える瞼を下ろした。
サラサラとした髪が当たり、じんわりと体温を感じる。
そして、唇同士が重なろうと――
「おい、助けてやったのに感謝も無しにイチャつくんじゃねぇ」
「ひゃうっ!?」
「あ、凄い高い声出た。可愛い」
ビクッと震えながら悲鳴を零し、固まってしまうユリにヴェルディーゼが緩やかに笑みを浮かべた。
そして、ユリを下ろすとその小さな手を繋いで、声を掛けてきた人物、即ちグルーディアへと視線を向ける。
「はじめまして。僕のかわいいかわいいユリが世話になったね。助けてくれたことには礼を言うよ」
「……助け……?」
「あ、気付いてなかったんだね。ルスディウナに鎖で縛られた時、鎖が揺れてどうにかなったでしょ。あれ」
「……? ……ああ! あの見たことのない剣! ああ、なるほど……! 皇帝陛下のものだったんですね! 助かりました! ありがとうございました!」
「まぁな。お前に死なれると、誰もあれに敵わねぇ……それに、好きな女守らなきゃ男が廃る」
「……へぇ?」
ヴェルディーゼがユリの手を解き、ユリの肩に腕を回しながら低い声を零した。
ユリを抱き寄せ、目を細め、ヴェルディーゼは薄い笑みを浮かべる。
「ユリは僕の物だよ。人の物は盗んじゃいけないって、誰にも教わらなかったのかな?」
「本当に欲しいモンは奪ってでも手に入れる主義なんだ。悪いなァ?」
バチバチと火花を散らすヴェルディーゼとグルーディアを見上げて、ユリが咳払いをした。
すると、二人は一度言葉を止めてユリを見る。
「えー……と。先ず、主様」
「ん? どうしたの?」
「ニュアンスからの推測になりますけども、比喩表現とかじゃなくガチで物扱いはエグいです。酷いです」
「……例え話だから……ね?」
「ね、じゃないです。あのですね? 私、別に主様のモノになるのはいいですよ? っていうか私は主様のモノです。正真正銘。でもですね、私、物扱いされたいわけじゃないんですよ。わかりますかこの違い。所有物でもいいけど扱いは人でお願いしますね? 荒ぶってるのはわかりますけど。私も今すぐ泣いて喚いて主様にしがみついて甘え倒して寝たいですけど。ハイ次皇帝陛下」
ぐるん、とユリが振り返った。
そして、ニコニコと笑顔を浮かべながら言う。
「皇帝陛下は、もう私のこと諦めてますよね。喧嘩売られたから買っただけで」
「……」
「っていうか、あれ見せつけられてまだアピールできるなら逆に尊敬ですよ。関わるのはお断りですけど。付け入る隙なくないですか?」
「……そーだな。あァ、諦めたよ。少なくとも、そいつがいる内は無理だ。……浮気でもしてりゃぁ良かったんだがな」
「主様に限ってそれはないですねー。……でも、助けてくれて、本当にありがとうございます。あれがなかったら、きっと……私、間に合ってませんでしたから」
ヴェルディーゼを見上げてユリが言うと、ヴェルディーゼは苦い顔をした。
そして、数秒ほど苦虫を噛み潰したような顔をした後、溜息を吐いて改めて感謝の言葉を口にする。
「……そこについては、本当に……感謝してる。ありがとう。今は時間が無いけど……お礼として、やれることはやるよ」
「あー……チッ、調子が狂うな。……んじゃ、世界を救ってくれ。あのやんちゃ姫があんな必死になるってことは、王国はそれだけの危機に瀕したんだろう。帝国も、いつそんな状況になるかわからねぇ。だから、一刻も早く世界を救え」
「皇帝陛下って実は善人だったりするんですか? それとも無欲な人?」
「命あっての物種ってことだ。茶化すんじゃねぇ」
「……。……私というただの人を助けた対価、として見ると……ある意味、とんでもなく強欲な願い……ですね。ふふっ。……任せてください、世界は救います。主様と、ゆうちゃんと、リューくん……そして、私で。助けてくれましたからね」
元からその予定だったけど、と心の中で付け足して、ユリが肩を竦めた。
そして、こほんと小さく咳払いをしてヴェルディーゼを見上げ、そっと自分の指をヴェルディーゼの指に絡める。
「……一先ず、ゆうちゃんの無事を確認したいです。皇帝陛下、出立の予定などは、夕食時にでも」
「俺はこの場をどうにかする。どっちにしろ今は時間は取れねぇ、好きにしろ。……死んでねぇよな、こいつら……ピクリとも動かねぇな」
「万が一のための人質のはずなので、死んでないと思いますよ。たぶん。……行きましょうか、主様」
「あ、うん。……本当、待たせてごめんね」
「それについてはまた後で。先ずはゆうちゃんたちです!」
ユリがそう言い、ぐいぐいとヴェルディーゼの手を引いて部屋へと向かった。




