大切な親友
数分で悠莉は小隊全員に支援の魔法を掛け終わり、ユリの傍で荒い息を吐いていた。
スキルを使うと体力を消耗するので、今の悠莉は疲労困憊状態なのである。
場所が場所なので問題は無いだろうが、それでもユリとしては、悠莉の傍から離れるには少々の不安があった。
「ふぅ……ふぅ……っ、はぁっ……」
「大丈夫ですか、ゆうちゃん? 座って休みます?」
「う、ううん……大丈夫。一気に使ったから辛いだけ、だと思うから……」
「無理はしないでくださいね?」
「うん……。……結莉、は? 身体、動かしたいんだよね……」
「今のゆうちゃんから離れるのもなぁ、と思いまして。ゆうちゃんは大丈夫って言うでしょうけど……心配で。今の私たちは自衛するしかないじゃないですか。皇帝陛下も……まぁ、守る気はあんまりなさそうですし。あるいは、それも配慮なのかもしれませんけどね。実際、私は護衛が付けられたらその護衛さんのこと警戒しますし」
「じゃあ、結莉の目が届く位置にいるから……行っておいでよ。鈍っちゃって怒られるの、嫌なんでしょ? 結構、息も整ってきたから……たぶん、何かあれば攻撃魔法の一つくらいは撃てるよ」
悠莉はそう言ってユリを安心させると、そっと優しくその背中を押した。
ユリは渋々それを受け入れると、小隊長と二言三言会話すると、余っている人に組み手を提案する。
幸運にも、相手は悠莉に嫌な目を向けていた人物だった。
「一応護衛ですから、ゆうちゃんのことは気に掛けながらになりますけど……よろしくお願いしますね?」
「……よろしくお願いします」
動揺で、その瞳が揺れている。
指先も微かに震えていて、緊張と恐怖が見て取れた。
どうやら、あの視線の意味はしっかりと伝わっているらしい。
「ふふっ。じゃあ、始めましょっか。とりあえず、先手は譲ります。……組み手っていうか、武器を使わない模擬戦ですからね。遠慮は不要です――私も遠慮しませんから」
にこり、と。
その整った顔に綺麗な笑みを浮かべて、ユリがそう言った。
相手は震える手を握り込むと、重い拳をユリに叩き込もうと踏み込む。
ユリは小柄なので、それが当たればどうにでもなるとでも思ったのだろう。
当たったとて大したことはないが、ユリはひょいっとそれを躱して蹴りを食らわせた。
悠莉を背に、飛んできた拳を再び躱す――ユリの背後、それよりも奥……悠莉の後ろに、気配が現れた。
ぎゅっとユリは顔を顰めると、ゆっくりと息を吐いて言う。
「すみませんね。そういうことされちゃうと、手加減するわけにはいかないんですよ。ちょっと沈んでてくださいね!」
相手の目線が、明らかにユリよりも奥を向いていた。
それを見たユリは相手を共犯だと断じると、殴って吹き飛ばして悠莉に駆け寄ると、その背後に迫っていた男の腕を捻り上げる。
「自分で何やってるのか理解してますか。誰に手を出そうとしたのか、わかってますか」
「ひゃっ……ゆ、結莉? ……その人……」
「ゆうちゃんの後ろに立ってました。口を塞いで攫おうと? あるいは……スキルでしょうか」
冷徹な眼差しでユリは犯人を見ると、小さく溜息を吐いた。
そして、足を掛けて払い、転ばせて取り押さえる。
腕は掴んだままぐっと上に引っ張り、ユリは低い声で尋ねた。
「もしかして、誰かの差し金だったりしますかね。皇帝陛下か、あるいは……」
ミシ、とその腕が嫌な音を立てた。
ざわめきが広がり、多くの視線を浴びていることをユリは自覚する。
しかし、それでもユリは止まらなかった。
だって、目の前の人物は、大切な大切な大切な大切な親友である悠莉を、傷付けようとしたのだから。
許せるはずがない――許すはずがない。
「結莉! 取り押さえるだけなら、そこまでしなくても……!」
「大丈夫、ダメにはしませんよ。そう簡単に、殺したりはしません……殺したいくらいには、怒ってます、けど。……殺したら、情報が得られなくなるじゃないですか……そう、それに、きっと、主様も……喜んだりはしませんから……。……ただ、質問に答えてほしいだけです。誰かの差し金なんですか? だとしたら、誰が――」
「一応様子を見に来てみりゃ……やっぱり問題起こしてやがった」
知っている声が聞こえて、ユリが腕を離さないまま振り向いた。
そこには、護衛を複数引き連れたグルーディアが立っている。
ユリはそれにそっと目を細めると、剣呑な雰囲気を纏わせながら静かに尋ねた。
「私を捕らえますか?」
「しねぇよ、そもそもの立ち位置がおかしいからな。ウチのモンが手ぇ出したのは明白だ」
「……で、〝これ〟を私から引き剥がして……それから、どうするんです? ああ、人がいるなら丁度いいですね。調査は必要でしょうが、あそこの彼も一旦捕らえておいた方がいいですよ。様子がおかしかったので、たぶん共犯です。一緒にゆうちゃんを傷付けようとしました。拷問してから処刑しましょう。あるいは私が……」
「落ち着け。……おう、お前ら。突っ立ってねーで捕らえろ。……で、この後どうするかってか? 尋問して、そいつの裏に誰かいるようなら、そいつも引っ捕らえる。これで文句は無いか? ……拷問は……必要ならな」
「……。……裏にいるのは、皇帝陛下じゃなさそうですね。様子も普段通り……ならいいです。……この後、話できますか? 尋問より早く」
「早く済むなら今すぐでもいい。場所を変えよう」
「……そう、ですね。この状況じゃ、私たちが居る状態で演習を続けられるとも思えませんし」
ユリがそう言って肩を竦め、そっと不安そうに悠莉に向かって手を差し出す。
その手が微笑みとともにそっと握り返されて、ユリは嬉しそうに悠莉に微笑みかけてから、グルーディアに付いていった。
体調不良により、しばらく更新をお休みさせていただきます。
よろしくお願いします。




