用意されていた服
翌日、早朝。
シルヴィアが目を覚ますと、ユリがベッドに腰掛けて自分の髪を梳いていた。
「……あ。おはようございます、シルヴィア。ちゃんと眠れましたか?」
「ええ……おはよう。ちゃんと眠れたわ。……ユリは? 随分早くから起きているのね」
「ふふ。……まぁ、そうですね。私は大丈夫ですよ、先に起きてただけですから。慣れない環境ですからね」
実際は一睡もしていないが、ユリは笑顔でそう答えた。
そして、パッと立ち上がると、昨日の内から用意されていた服を手に取って軽く首を傾げる。
「……なんかすっごい……すっっっごい……宝石付いてる……? なにこれぇ……重そ……」
「……。……帝国式のドレスね」
「……強制成金仕様……? ギラッギラで金ピカなんですけど……なんで大粒の宝石ドレスにくっついてんの……あの、シルヴィア、これ着ないと失礼ですかね……? 用意されたものですし……」
「そう、ですわね……失礼になりますから、今日のところは着た方がいいと思いますわ。でも、どうしても嫌なら皇帝陛下に伝えれば、変えてくださるとは思いますわ」
シルヴィアが苦笑いしながらそう言うと、ユリが嫌そうに顔を顰めた。
布が破れそうな重さの宝石がドレスにぶら下がっていて、着ていて疲れそうなドレスである。
パジャマはこんなに質がいいのに、と思いつつ、ユリは溜息を吐く。
「……あ、そうだ。どうせゆうちゃんの特訓のためと、鈍らないように身体動かさないといけないから演習場行きますし。これじゃ相応しくないからって理由作れますね。よし」
「……んん……」
「あ、ユーリ……」
シルヴィアがそう呟いて悠莉を見ると、悠莉がちょうど瞼を擦りながら身体を起こすところだった。
そして、あくびをしながら悠莉はシルヴィアとユリを見る。
「……結莉……? 龍くんは……あっ」
「ふふ、寝惚けちゃったんですね。……主様はともかく、リューくんのことは心配ではありますが」
「そう……だね。……お城の人たち……っていうか、魔物なんだっけ。とにかく、囲まれて……私たちは逃がされて……怪我とか、してないといいけど……」
「ん〜、そうですね。私は主様の位置しかわかりませんし……一緒には居るでしょうけど、怪我をしているかどうかは私にはわかりませんね。ゆうちゃんなら治せるし、そういう意味でも早く来てくれたら安心なんですけど……あーでも、怪我してたら無理させられないか……」
はぁ、とユリが再度溜息を吐いた。
心配だが、心配することしかできることはないのでユリは軽く首を横に振り、支度を再開する。
「シルヴィアって、いつ出るんでしたっけ。早朝とは聞いてますけど」
「私も知らされていないから、誰かが呼びに来るんだと思うわ。……二人を置いていくことになるけれど……大丈夫?」
「私は大丈夫だよ、結莉のことは任せて」
「ちょっと、ゆうちゃん。それじゃあ私が問題児みたいじゃないですか。……まぁ、そりゃゆうちゃんよりかはなにかしらやらかしそうですけど……皇帝陛下にも変に狙われてるし……こほんっ。ゆうちゃんのことは私が守りますからね! シルヴィア、本当に本当に本当に本っ当に危ない時は、渡したあれ使ってくださいね! でも賭けなので使うタイミングは気を付けて!」
シルヴィアにどんな危機が降りかかるのかもわからないまま、遠隔でシルヴィアを深淵から保護することはできないので、ユリはそう念を押した。
ユリからの、シルヴィアへの餞別。
あれは、使えば無作為に深淵をばらまくものだから。
相当運が良くない限りは、巻き込まれて敵共々死ぬことになる。
「幸運をスキルで保証されているから、一応渡しはしましたけど……使う機会が訪れないといいなぁ……」
「ふふ、そうね。でも……王国に戻るからには、危険は避けられない。肌身離さず持って、どうしょうもなくなったその時には、使わせてもらうわ」
「はい。……さて……着るかぁ……」
ユリが顔を顰めながら服を手に取り、身体に当てた。
悠莉はそれに目を丸くすると、柔らかく微笑んで言う。
「嫌なの? ユリは髪が凄くキラキラしてるし、似合うと思うよ」
「褒められるのは嬉しいですけど、なーんか微妙な気持ちになりますね。ギラッギラですよこれ。財力の誇示なんか布の質とか、流行に乗れてるかとかでいいじゃないですか。なんでこんな宝石なんですか……小粒ならまだしも、大粒……座ったら痛そう……センスどうした……」
「……あの、ユリ。ちょっと言いたいことがあるのだけど……」
シルヴィアが言いづらそうに手を上げると、ユリが首を傾げた。
そして、不思議そうな顔をしながらシルヴィアに少し寄って、笑顔を浮かべる。
「なんですか? そんな言いづらそうに……」
「私ね……友達のことをからかってみたかったのよ。でも、ユーリは賢者で……リューも勇者。そんな相手にって悩んでいる内に、二人は出発してしまって……良い機会が巡ってきたと、思って…………」
「……えっ……」
「このドレスは帝国式のドレスって、嘘を吐いてみたの。……たぶん、それは皇帝陛下の趣味よ。普通の服もあるんじゃないかしら……」
「え? えっと……あ、ほんとだ。隠してある……」
はぁ、とユリが気が抜けたような息を吐いた。
そして、普通の服を自分に当て、ほっと表情を緩める。
「良かった、普通の服もあったんですね。ちょっとの間はこれで過ごす羽目になるのかと……」
「ご、ごめんなさい。つい出来心で……」
「シルヴィア、からかうとかあんまりできない立場でしょう。全然いいんですよ。申し訳なさそうなシルヴィア可愛いですし。というか行動が可愛いですよね」
「ね! 私のこともからかっていいんだよ!」
「あ、ありがとう。ユリも……なんだか、私の手のひらの上で転がっている姿が……」
「シルヴィア!?」
「ふふ、冗談よ。うん……からかうというのは、こんな感じなのね。機会があれば、ユーリにも仕掛けさせてもらうわ」
シルヴィアはそう言って、くすくすと楽しそうに笑った。




