開き直り強者ムーブ
シルヴィアに餞別を渡し、満足したユリはふぅっと息を吐き出した。
そして、軽く息を吐き出すと、扉の方へと視線を向けて言う。
「皇帝陛下。盗み聞きだなんて、趣味が悪いんですね」
「……。……ハッ、盗み聞きとは、人聞きが悪い。大事そーな話してっから、気を遣って入らないでやったんだ。優しいだろう?」
「そーですか、そういうことにしておきましょうか」
ユリが肩を竦めながらそう言い、改めて溜息を吐いた。
グルーディアは、随分最初の方から話を聞いていた。
それでも、ユリがここまで放置をしていたのは――
「結莉、いいの? 気付いてたなら、隠しといた方が良かったんじゃ……」
「いいんです、ゆうちゃん。もう面倒くさくなってきましたし……もう開き直って、やりたい放題強者ムーブします。深淵なんて、知ってるだけじゃどうにもなんないですし。別に極悪人ってわけでもなさそうですしねぇ、皇帝陛下。少なくとも、敵対する道は無いと断言しても良さそうです。……ね、そうでしょう?」
そう、面倒になってしまったからである。
流石に本当に大事なことは隠すが、自分の実力の断片くらいなら、知られようが構わない。
実力を知って身を引いてくれたらユリとしては嬉しいのだが、それは厳しそうだ。
とても楽しそうに笑っているので。
「……まぁいいさ。ほら、部屋の準備ができた。付いてこい。全員同室で過ごしてもらうが、いいよな?」
グルーディアがそう言い、三人の顔を眺めた。
誰にも否はないようなので、グルーディアはどんどんと足を先へと進める。
三人はシルヴィアを先頭に、ユリと悠莉が手を繋いでグルーディアの後ろを歩く。
少し歩いて、城の一番端の部屋でグルーディアが立ち止まった。
どうやら、そこがユリたちが寝泊まりをする場所らしい。
「ほらよ、入れ。……あー、そうだ。言い忘れてた。やんちゃ姫、出発は明日の早朝だ。準備しておけよ」
「……皇帝陛下。急ごうと思えば、もっと早く……」
「おい、やんちゃ姫。俺はお前を死にに行かせるつもりはねぇぞ。ちったぁマシな顔になってからその台詞は言え。……じゃあな、俺は仕事に戻る。適当にくつろいでろ」
グルーディアはそう言うと、来た道を戻っていった。
皇帝である彼は、あれでも相当忙しいのだろう。
三人は一先ず部屋に入ると、一先ずソファーに腰掛けた。
部屋の中には質の良さそうな調度品が置かれており、あの少しの時間で準備されたとは思えない。
何かのスキルか、あるいは元から家具は設置されていたのだろう。
ベッドも広く、三人で寝るのにも困りはしなさそうだ。
「シルヴィア、三人一緒に寝ても大丈夫ですか? 王女様だから、慣れてないんじゃ……」
「あ、確かにそうだよね。私、ソファーで寝てもいいよ」
「いえ、気にしないで。確かに慣れているわけではないけれど……友達と一緒にお泊まりするの、少しだけ憧れていたの。二人さえ嫌でなければ、どうか、三人で一緒に眠らせて頂戴」
「それなら喜んで。えーっと……そうだ、皇帝陛下のあの台詞……シルヴィアの出発を遅らせたのは……シルヴィアが焦っていたからですか?」
「ええ……刻一刻と、王国は危機に追い込まれているというのに……はぁ、あの様子だと皇帝陛下は城から出してはくれないでしょう。諦めてお泊まりを楽しむわ」
「それはいいけど……皇帝陛下って、結構優しいところもある、のかな?」
悠莉が首を傾げながらそう言うと、シルヴィアが眉を寄せた。
そして、ソファーの背もたれに体を預けて、ゆるゆると首を横に振る。
「優しい行動はする方だけれど、内心まで優しい方ではないわ。全て、打算があってのこと。今回なら……推測にはなるけれど、私に死なれると困る……つまりは、王国が完全になくなってしまうと困る、という意図があるでしょうね。……それから、もしかすると……ユリへのアピールも……」
「うへぇ。まぁ得体の知れないところ以外は、威圧も効かなかったしで……手元に置いておきたいのは、わからなくもないですけど……あーやだやだ。私には主様がいるのに」
「……気になっていたのだけれど。ユリの言葉を聞くに……恋仲なの?」
「えへへ、はぁい。私には勿体ないお方です……ふへへ。囲まれてるの見て即座に私達を守る判断を下した主様、格好良かったでしょうっ。見てました? 格好良かったんですよ!!」
鼻息荒く言うユリにシルヴィアが微笑み、そう、とだけ返して、優しい表情でユリを眺める。
相手がいるのなら、グルーディアもユリの心を勝ち取ることはできないはずだ。
ユリが折れることは、決してないだろう。
「……にしても……帝国まで投げ飛ばされるのは、予想外だったわ。あの身体のどこにあんな力が……」
「今主様のことヒョロいってむぐぐぐぐぐっ」
「結莉。ヴェルディーゼさんと離れちゃって、不安になっちゃってるんだろうけど……友達に威嚇しちゃダメでしょ?」
「ひゃぅ……そ、そうですね。はい……わ、わかりましたから……ほっぺをむにむにしないで……ごめんなさいシルヴィア……ゆ、ゆうちゃん? 謝りましたよ? 主様といい、ゆうちゃんといい、なんでやめてくれないんですぅ……?」
「シルヴィア、こっち来て。もちもち」
「え……? ……えっと……失礼するわね……? ……あ、もちもち」
「二人で突付かないでぇ……」
ユリの言葉を聞き入れず、二人はしばらくユリの頬の感触を堪能した。




