シルヴィアへの餞別
斯々然々、ユリがグルーディアに帝国に来た経緯を説明した。
その間にシルヴィアも復活し、そっとユリの前に立つと、グルーディアに向かって微笑む。
「状況は、ご理解いただけましたか?」
「おうよ、やんちゃ姫が逃げ出した理由もな。お前……いや、いい。お前は昔からそうだからなァ……王国まで送り返しゃぁいいんだろ? 手配してやるよ。安全は保証しないがな」
「構いません。……二人のことは……」
「……いいだろう。賢者サマは怯んじまって会話もできなかったが……そこの女は面白い。お仲間と合流するまで置いときゃいいんだろ。ゆっくりと親交を深めようじゃねぇか」
ひく、とユリが頬を引き攣らせた。
こうなるのがわかっていたから、シルヴィアは話がもうじき終わる頃合いだとわかっていても前に出たのだろう。
今も、グルーディアの瞳はユリを捉えている。
「さて、先ずは客室に案内してやろう。付いてこい」
グルーディアがそう言い、ユリに近付いてきた。
シルヴィアを避けて真っ直ぐ近付いてくるグルーディアに、悠莉がパッとユリの前に立つ。
「……」
「邪魔すんのか? 賢者サマ」
「……客室への案内なら、結莉に近付く必要も、皇帝陛下である必要もありませんよね」
「そっ、そうですよ。怖いので近付いてこないでください」
「悲しいこと言うなよ、ユリ? なぁお前、俺の側室に興味無いか? 好きな宝石でも、国でも、なんでも贈ってやろう」
「は? ……こほん、心に決めた人がいるので。浮気なんて以ての外です。案内するなら早くしてくれませんか?」
ユリの口から一瞬低い声が漏れたが、すぐに取り繕ってユリがきっぱりとそう告げた。
続けて、冷たい声でユリが案内をするなら早くしろと促す。
そういう言動、行動が面白いから目を付けられているのだが、ユリはまだそれに気が付いていないのである。
「チッ、仕方ねぇ……ゆっくりやるしかないか。こっちだ」
「恋人いるって言ってんだろ耳腐っ……。……こほん」
「やっぱ面白いなお前」
とんでもない暴言が九割くらい飛び出してしまい、ユリが咳払いで誤魔化した。
普段なら流石にこんなこと言わないのだが、何の説明もないまま投げ飛ばされ、ヴェルディーゼから離れることになってしまい、ユリはとても荒ぶっているのである。
とはいえ、酷い暴言であることに違いは無いのだが。
「ほら、ここで待ってな。今準備させる」
グルーディアはそう言って一度部屋から出ていった。
すると、シルヴィアがグルーディアの姿を見送ってから、深くユリに頭を下げる。
「威圧に身体が竦んで……本来なら、私が交渉をするべきだったのに……お任せしてしまって、ごめんなさい」
「えっ、あ、いえいえ……! 私こそ、皇帝に舐め腐った口利いて、本来の想定とはだいぶ違うであろう流れで……勝手なことして、すみません……」
「自覚あったんだね、結莉」
「流石にあります。ただ、わかった上で主様以外にぺこぺこしたくなかっただけで」
「ユリ様、どうかお気になさらないで。結果として、目的は果たせたのだから。……その、今更ながら……敬語でなくても、良かった……かしら?」
「もちろんですよ、〝シリルお姉さん〟。……ふふ、最初こそ緊張しましたけど……シルヴィア様とも仲良くなりたいですからね。なんなら、シルヴィア様さえいいのなら……様付けも外したいくらいです。もちろんシルヴィア様も、私のことを様付けで呼ばなくていいんですよ」
「もちろん、構わないわ。ユーリみたいに接して頂戴」
シルヴィアはそう言って微笑むと、そっとユリの手を取った。
ニコニコと微笑み合い、二人はお互いの瞳を見ると、楽しそうに小さく笑い声を上げる。
「あ、いいなぁ。私は?」
「ゆうちゃんは可愛いですねー! もちろん、仲間外れになんてしませんよ。ねー、シルヴィア!」
「ええ、もちろん。……でも、皇帝陛下が戻ってくる前に真面目な話もしないと。その……ユリ。今後もあの態度で接するつもり、かしら?」
「……私、たぶん主様が来てくれるまで、ずっと気が立ったままだと思います。その上で……あんな風に私を見てくる人に、謙るなんて。頭では、ちゃんとした方がいいってわかってるんですけど……はぁ……主様のことが好きすぎるあまり……」
絶対に、ちゃんと丁寧にグルーディアには接した方がいい。
それがわかっていてなお、ユリにはそれができずにいた。
封印の件で、ユリは数日ほどヴェルディーゼから離れると不安定になるようになった。
だが、それは時間が経つにつれて薄れていき、今では平気になったはずだった。
しかし、唐突に引き剥がされてしまうのは、また違う話だったらしい――と、ユリは自己分析する。
「そう……それなら、無理は言えないわ。皇帝陛下のことは……上手く躱して。私は、早く王国に戻らないといけないわ。守ってあげることはできないから……」
「はい。でも……シルヴィア、王国に戻って一体何を……避難誘導? 危なくないですか……?」
「大丈夫だよ、結莉。シルヴィアは凄く〝幸運〟だから。……安心はできないけど」
「ダメじゃないですか……ん〜。何もせずに見送るのはモヤるぅ〜……んん〜。……よし! シルヴィアは幸運なんですよね!」
ユリがそう言い、ゆっくりと息を吐き出した。
そして、手のひらを上にしながら軽く腕を伸ばすと、深淵を生み出し、ぎゅっとそれを握り込む。
そうしてできあがったのは、小さな丸い球体、深淵の塊である。
ポカンとするシルヴィアに、ユリはニコニコしながらそれを渡す。
「はい、どうぞ。危機が訪れるまで、大事に持っててくださいね。ちょっとした餞別……みたいなものです」
「……これは?」
「ふふ。私が唯一使えるもの、深淵をぎゅっと圧縮したものです。危ない時に地面に投げつけてくださいね。ただ……使用すると、周囲に深淵がぶわーっと溢れますので。周囲に味方がいた場合はその人も巻き込まれる上に、シルヴィアも無事でいられるかはわかりません。だから、あなたの幸運に賭けます。生半可なことでは、決して使用しないように。深淵は全てを呑み込みますからね。色々細工はしてますけど」
「……ええ、大事に取っておくわ。そして、どうしょうもない事態に遭遇した時には、使わせてもらうわね」
大切そうに胸元に抱くシルヴィアに、ユリはにっこりと微笑んだ。




