まさかの到着先
ヴェルディーゼによって投げられた二人を抱き締めて、ユリが必死に地面を捉えようと目を凝らす。
着地が失敗すれば死ぬ。
それは、裏を返せばこのくらいならやれるというヴェルディーゼの信頼なのかもしれないが、それでも無茶振りが過ぎるだろうというのがユリの感想だった。
「地面、地面……っ、まだ見えない……!」
「……ッ」
「っ……」
声も出せない様子の二人を更に強く抱き締めて、ユリが地面があるであろう方向を睨む。
まだ、地面は見えない。
平らな地面なら着地しやすいのだが、木がたくさん生えていたりしたら厄介だ。
とにかく早めに視認し、対応しなければ――とユリが考えたところで、地面――正確には、巨大な建造物の屋根が見えてきた。
とても尖っている。
「……は?」
困惑がユリの口から零れる間にも、どんどんのその尖ったもの――塔のような建物の一部に、三人は落下しながら迫っていく。
このままでは刺さってしまうので、ユリが唇を噛んで困惑を抑え込み、塔を蹴って方向転換する。
しかし落下しながら進んだその先、ユリの頭上には窓があり、ユリはそれを回避し切れず、二人を庇いながら頭から窓を突き破った。
怪我をしないよう、咄嗟に深淵で欠片が当たるのは防いだものの、勢いを殺せずユリは二人を抱えて室内を転がる。
「……う、うぅ……? ここは……?」
「…………ゆ、結莉……無事?」
「……これは、また。……ふふ……幸運ね……」
ユリがかろうじて周囲を見ると、そこには兵士や数人の貴族のような人物が並んでいた。
よく見ると、足元には柔らかな赤いカーペットが敷かれている。
黄金色の意匠が施されており、とても高級そうだ。
「これはこれは……もしかして、そこにいるのは賢者サマか? 随分な登場の仕方だなぁ? それに……ハッ、やんちゃ姫までご一緒とはな。もう一人は……知らねぇ顔か」
聞こえた声にユリが顔を上げると、そこには豪華な衣服を纏った男がいた。
ギラギラと輝く黄金色の髪に、青色の瞳をしている。
ユリが困惑して、状況を理解できず――正確には、理解を拒んでいると、周囲の兵士が武器を向けてくる。
「貴様ら、ここがどこか知っての所業か! 皇帝陛下の御前だぞ!」
「いや知りませんが。……皇帝陛下かぁ」
嫌な予感が当たったな、とユリが真っ直ぐと皇帝らしき人物を見た。
青い瞳が、興味深そうにじっとこちらを見つめている。
「……ふぅーむ。……いいだろう、話をしようじゃあねぇか。おい兵士ども、全員この部屋出ろ。貴族連中もお帰りだ、護衛でもしてな。一人残らず出てけ」
皇帝が、とても楽しそうにそんなことを言った。
すると兵士たちは、ざわつきながらも貴族たちを連れて部屋から出ていく。
部屋に残されたのは、皇帝、ユリ、悠莉、そしてシルヴィアの四人だけ。
「……先に言っておきたいんですが。私たちは別に襲撃に来たわけじゃないですよ」
「そりゃあな、見りゃわかる。襲撃者があんな馬鹿げた方法で来るわけあるか」
「隙だらけですもんね」
軽口で様子を見つつ、ユリがそっとシルヴィアに視線を向けた。
皇帝には、王族が対応してもらいたい。
どう対応すべきか、ユリには何一つわからないので。
ユリの視線を受けたシルヴィアはそっと立ち上がると、悠莉に手を貸して起こしてから皇帝に向き直る。
「お久しぶりです、グルーディア皇帝陛下」
「おぅ、やんちゃ姫。直接会うのはお前が荷物に忍び込んで侵入してきた時以来か? ……あァ〜……そういや、自己紹介くらいしとくべきか。ハジメマシテ、賢者サマに正体不明の小娘。俺はグルーディア、皇帝だ。で、お前らは?」
「……えっと……賢者の悠莉です。はじめまして……」
「ユリです。はじめまして、皇帝陛下。以後お見知り置きください」
「……ほう。へーぇ……そうか」
立場を明かさず、ただ綺麗に礼をして自己紹介をするユリに皇帝グルーディアが目を細めた。
そして、スッと目つきを鋭くすると、低い声で問う。
「お前ら、一体俺の帝国に何しに来た?」
「ぅあ……ッ」
「な、なに!?」
「……え? えっと……?」
皇帝が問いかけた瞬間、シルヴィアが苦しそうに座り込み、悠莉が後ずさった。
しかし、特に何も感じていないユリは、戸惑いながら二人の前に出て、何も理解できていないままに皇帝を睨む。
「……何をしたんです?」
「ちょっと威圧しただけだ、そんな警戒すんな。ちょっと恐怖心を煽るだけで、悪影響とかはねぇよ。……しかし、そうか。やっぱり、賢者よりもお前が強いんだな?」
「……。……きゃ〜、こわぁい。足が竦んで動けな〜い……なんて言っても、今更でしょうね。なら仕方ないので開き直りますが……それ、スキルですか? ゆうちゃんも怯んだことを考えると、星は五つ……あれ? 無理矢理にでも誤魔化した方が良かった……?」
「ハッ、誤魔化したところで逃がすわけねぇだろ。開き直ったのは正解だ、ユリとやら」
「あー、そうですか……んん。……シルヴィア様はしばらく動けなさそうなので、高度な交渉とかもなく、単刀直入に言わせていただきますね。私たちを、帝国で保護していただけませんか?」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
正直に要求を告げるユリに、グルーディアは真剣な顔になってそう口にした。




