強引な逃亡
自分をこの城から逃がし、そして、四人には国外まで逃げてほしいと言うシルヴィアに、悠莉が眉を寄せた。
そして、そっと、硬い声で尋ねる。
「シルヴィア。それは……どうして?」
「この城はもうじき、魔物の巣窟となるでしょう。……幸運にも、私はそれを事前に知ることができたけれど……一足遅くて、閉じ込められてしまったわ。だから、私は一刻も早く城から出ないと。民を避難させないといけないの」
「魔物の巣窟……でも、兵士さんは特に何も気付いたりは……シルヴィア様だけが? ……。……あれ? でも、シルヴィア様の現状に違和感や不満を覚えている様子もありませんでしたよね。……それだけじゃなくて……兵士さん達も、みんな……必要なこと以外喋ってない?」
ユリが呟くと、くすりと笑い声が聞こえた。
反射的にユリがそちらを向けば、ヴェルディーゼが小さな笑みを浮かべている。
そして、ヴェルディーゼは試すような声で言った。
「ここまでの道のりで、僕たちは何度も人影を見た。その姿に、違和感は無かった。……なのに、何かがおかしい。ユリ、君なら答えに辿り着けるよね? だって、その答えを、ユリはもう知ってるんだから」
「答えを知って――あ。……最初に行った村にいた、完全に人にしか見えなかった……魔物。……待ってください、まさか……全員そうってことですか?」
「僕が見る限りではね。……もうじき城内が魔物の巣窟になる。それって、そういう意味だよね?」
「ええ……王族以外は、恐らくもう魔物になっているわ。あの様子からして、父上……陛下も手遅れよ。城内はもちろん、国内は危険。人の姿をした魔物がたくさんうろついている可能性もあるし、恐らくあなたたちは、魔物たちに追われる。人の姿で、人の声で……そして、さも自分が正しいみたいに」
だから逃げてほしいの、とシルヴィアは口にした。
悠莉と龍也は戸惑いながら見つめ合い、どうしたものかとユリやヴェルディーゼへと視線を向ける。
「ユリ。あの魔物のことをあんまり知らない悠莉と龍也が混乱するから、一から説明しておいて。同時にこっちの話も聞くくらいできるでしょ?」
「……はい、主様。ゆうちゃん、リューくん、わかりやすく纏めますからちょっとこっちに」
難しいこと要求しやがって、なんてことを言いたげな瞳で一瞬だけヴェルディーゼを見上げて、ユリが悠莉と龍也を引き寄せた。
若干拗ねてしまったので、ヴェルディーゼが片手間にユリの頭を撫でてやりつつシルヴィアへと視線を向ける。
「……で。もう少し詳しく説明してほしい。城から逃がしてほしい理由、逃げてほしい理由はわかったし……スキルのことは聞いてるから、あの紙のこととかも説明は省いていい。具体的に、どこに逃げるか。その辺りは考えてる?」
「ええ、もちろんよ。あなたたちには……帝国に逃げてほしいの。皇帝のところまで行って、保護を頼むの」
「帝国? ……悠莉の話だと、あんまり積極的には協力してくれないらしいけど」
「だからこそ、よ。あの国は閉鎖的で、皇帝も横暴なところがある……世界が危機に瀕しているというのに、協力だってしてくれないわ。だけど……だからこそ、魔王の魔の手からは逃れている可能性があると思っているの。勇者と賢者に協力しない、ということは、二人に接触する機会も少ない。実際、皇帝は一度も二人に会っていないわ。連絡板にも、ほとんど情報を寄越さない。魔王にとって、あまりにも利益が薄い。むしろ、怪しまれる切っ掛けにすらなりかねない。……ね? 良い逃亡先だと思わない?」
シルヴィアがそう言って微笑むと、ヴェルディーゼは無言で目を細めた。
そして、少しの間目を伏せて考え込み、軽く頷く。
「そうだね。少なくとも、確認する価値はある。……ならそうしよう。三人も文句は無いよね?」
「――というわけで、逃亡先は帝国が第一候補となりました。一先ず確認に行こうということで話が纏まったみたい、ですね? ――ッああ! あー終わった、大変だったぁ〜……頭バグるぅ……二人の話自分の中で噛み砕いて理解しながら、わかりやすい説明を考えて……頑張ったんですよ! 無言で見てないでちょっとくらい労ったらどうですか!」
「ふふ、頑張ったね。ありがとう、えらいえらい。……さて、長居もしたくないし、早速行こうか?」
ヴェルディーゼがそう言うと、四人が頷いた。
悠莉がシルヴィアと手を繋ぐと、ヴェルディーゼが扉を開ける。
窓から太陽の光が差し込み、そして――無数の鈍い銀色が、その光をうっすらと反射している。
カン、と音がして、いくつかの銀色が弾かれた。
いつの間にかヴェルディーゼが手にしていた黒い剣が、いくつかの武器を弾いた音である。
「……っ嘘でしょう!? いつからバレて……っ」
「泳がされてたらしいね。……ふぅ……さて、どうするか」
「ちょ、ちょっ……!? これ、完全に囲まれて……! どうするんですか主様!? どうにかできますか!?」
「……できるかできないかで言うなら、どうとでもできるけど。……うん、決めた。龍也、こいつらと戦える?」
「あ……ああ! 魔物なんだろ!?」
「ならよし。そこにいて、適当に捌いてて。……ユリ、覚悟決めて」
「へ? な、なにするつもりですか……?」
片手間に敵を吹き飛ばしつつヴェルディーゼが言うと、ユリが戸惑いながらそう尋ねた。
ヴェルディーゼはそれに応えず、窓際にいる敵を斬り伏せて薄く笑う。
「二人のこと、頼んだよ。シルヴィアはすぐに分かれるだろうから、悠莉のことは特に」
「ま、ま、ま、待ってください、待ってください主様、まさかっ……私、主様と一緒に……っ」
そして、ヴェルディーゼは剣で窓を叩き割ると、ユリを抱き寄せてその額に唇を落とした。
そして、無理矢理悠莉と手を繋がせつつ、その耳元に囁く。
「大丈夫。すぐに迎えに行くからね」
そして、ヴェルディーゼは龍也以外の三人を纏めてひょいっと抱き上げ――窓から、思いっ切り投げた。
「「「――――――――――――っ!?」」」
三人分の悲鳴が遠ざかっていく。
その姿が見えなくなり、そして悲鳴も聞こえなくなってから戻ってきたヴェルディーゼは龍也の隣に並び立つと、再び剣を軽く振るった。
「さて、龍也。色々と言いたいことはあるだろうけど……さっさとここを切り抜けて、帝国まで迎えに行こう」
「………………ああ!」
ヴェルディーゼの言葉に、龍也は色々な質問や混乱を呑み込んで、そう返事をするのだった。
長いけど、章は纏めた方がいい感じになりそうです。




