覚えのある胸騒ぎ
それから、なんだか不安定気味のユリを落ち着かせながら歩いていると、あっという間に夜になった。
いつも通り夕方辺りから野宿の準備を始め、一行は夕食を済ませると、テントへと入る。
と、その直前、唐突にユリを抱き寄せながらヴェルディーゼが悠莉と龍也に向かって声をかけた。
「二人とも。ちょっとユリと一緒にその辺を歩いてくるから、先に寝てて。すぐ戻ってくる」
「え? 私、そんなこと一言も……」
「あ、うん。気を付けてね」
「遠くに行きすぎないようにな」
「え、えぇ……?」
唯一ユリだけが戸惑い、同じく急に言われたのだろうに、あっさりと頷く二人にユリが困ったような声を漏らした。
今日は早く休みたいのだが、何かあるらしいので断るわけにもいかない。
ユリはそっとヴェルディーゼを見上げ、有無を言わさぬ笑顔を浮かべているのを確認して渋々と頷いた。
ユリの承諾を得たヴェルディーゼは、手を繋いでゆっくりと歩き始める。
少し歩いて、テントから離れた頃合いを見計らって、ユリが声を掛けた。
「主様。一体何の用事ですか? 二人に聞かれたくないこと……?」
「……と、いうより。ユリが気にするだろうと思って」
「な、なんですか、それ。なんでこんなことしてるのか、見当も付かないんですけど……」
「ふぅん……。……無自覚か」
「え? 今なんて……」
「気にしなくていいよ。……ほら、見て、星が綺麗」
眼前に広がる星空を手で示してヴェルディーゼが言うと、ユリが首を傾げながらも頷いた。
濃い、濃い青色の中に、無数の黄金色が煌めいている。
とても綺麗だが、どうして急にこんなことをし始めたのかはわからなくて、ユリはまたヴェルディーゼを見る。
「綺麗な金色……ユリの瞳の色みたい」
「……ぅ、……きゅ、急にそんなこと言わないでください……もう」
じっとユリの瞳を見つめながら言ってくるヴェルディーゼに照れて、ユリがそう返しながら目を逸らした。
そして、赤い顔のまま空を眺めて、星空へと視線を移していたらしいヴェルディーゼの横顔を見る。
「……あ、主様、その……つ、月……」
「〝月が綺麗ですね〟」
羞恥で唇を震わせながらも、言葉を声にしようとするユリに軽く笑いながら、ヴェルディーゼがユリが言おうとした言葉をそのまま口にした。
ユリはそれに更に顔を赤くして俯くと、ふと胸元を握り締める。
ヴェルディーゼは、ただの冗談とは思えない声色でそれを口にした。
ならば、自分はそれに応えるべきだ――そう思いながらも、ユリはぽつりと呟くように言う。
「…………〝明日も、晴れるでしょうか〟……?」
「晴れるよ。明日も、明後日も、明々後日も、ずっと。……ユリ、気付いた? 自分が不安定になってるの」
「……そ、う、ですね。……普段なら……普通に……これからもずっと見れますよって、そんな風に返したり……恥ずかしかったら、同じ言葉を返してたかも……です、ね。不安定だったから連れ出したんですか?」
「大体そんな感じかな。心当たりは?」
優しい声でヴェルディーゼが尋ねると、ユリが少し俯いた。
そして胸に手を当てると、目を伏せてぽつぽつと語る。
「胸騒ぎがするんです。ぞわぞわ寒気がして……背中が冷たくなる感じがして……」
「……この国は裏切ってる。そんな予感がある?」
「そう……なんでしょうか。そんな気もするし……そうじゃない気もします。……あるいは……それだけではないのかも、しれませんね」
「……それで、不安になった?」
「…………この感覚には……覚えが、あるので」
躊躇いながらもユリがそう口にすると、ヴェルディーゼが目を丸くした。
覚えがあるという言葉について、ヴェルディーゼが説明を求めるよりも前に、ユリは自分の意志で説明する。
「……お父さんとお母さんが死んだ日……よっぽど衝撃的だったんでしょうね。思い出してからは、本当に、鮮明に思い出せるんです。あの日はずっと、心がもやもやして、重くて、背中がなんだか寒くて……それで……本当に、お父さんとお母さんが、死んでしまったんです」
「だから、何かが起こりそうで不安なんだね?」
ヴェルディーゼの言葉にこくりと頷いて、ユリが抱きついた。
そして、震える手でヴェルディーゼの服を強く握り締めて、不安に揺れる声で言う。
「この世界から出るまで……離れないでください。……主様が離れてから、胸騒ぎが止まらないんです……お願いですから……今だけは、我儘を許してください……お願いです。なんでもするから……」
「……しなくていいよ。そんなことしなくても、ユリが不安ならそうするから。わかった、離れなければいいんだね?」
「絶対、絶対ですよ。絶対、離れちゃダメです。離れないでください……怖いんです……胸騒ぎが、止まらない……お願いだから、どこにも行かないで……」
「……ユリ、顔を上げて、僕を見て。大丈夫だから」
カタカタと震えて懇願するユリに、ヴェルディーゼは優しい声でそう言った。
恐る恐る顔を上げるユリと目を合わせて、ヴェルディーゼははっきりと言う。
「僕は、ユリを悲しませない。根拠の無いただの胸騒ぎだろうと、僕はその直感に従うよ。だから、離れない。もう一人でどこかに行ったりもしないよ。常に一緒に行動する。……だから、安心して。ね?」
「……はい……うぅ……ご、ごめ、ごめんなさいっ……」
「ああ、もう……泣かないで。……少し歩いて、涙が止まったら戻ろうか」
「……ん、はいっ……す、すみませっ……なんか、一回出たら、とまらなくて」
「いいから。ほら、手を繋ごう」
泣き出してしまったユリの頭を撫で、ヴェルディーゼはゆっくりと歩き、ユリが泣き止んでから一緒にテントへと戻った。




