ヒドラの翼
ユリが料理の準備をして、今できることが煮込むことだけになると、ヴェルディーゼがそっとユリの頭に触れた。
そして優しく微笑むと、緩く首を傾げて言う。
「それじゃあ、ユリ。そろそろいいタイミングなんじゃないかな?」
「……ご、ご飯が美味しく食べられなくなっちゃうかも……ですし?」
「ふぅん。凄く大事なことに気付いたのに、隠すんだ」
「ゆうちゃんとリューくんの前でそれを言わないでぇ……っ。ううぅ……主様は大事なこと隠すくせに。絶対主様が言えることじゃないのにっ」
「必要な時はね。僕は気持ちの問題じゃないから」
ヴェルディーゼが肩を竦めながら言うので、ユリがぷるぷると震えた。
そして、息を吐き出すと、不安そうに悠莉と龍也を見る。
二人は心配そうに、そして不安そうに、じっとユリのことを見つめていた。
心配をかけている、そして不安にさせている。
それが申し訳なくて、ユリは躊躇いながらも口を開いた。
「その……これは、あんまり根拠も無い……推測に過ぎなくて。合ってるかどうかもわからなくて……推測というか、邪推……かも、しれなくて。話半分に聞いてくれたらって、思うんですけど……い、いいですか? 聞きたいです、か……?」
「そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ。どんな話でも、間違ってても、とにかく情報として頭に入れればいいんだよね? そこまで言うんだから……それに、そんなに躊躇ってるんだから。動揺はするかもしれないけど……」
「俺も……ユリさんは、そんなに悪い人じゃないと思うし、悪い話でも怒ったりはしないって約束する。……悪人が、うっかり自分を守り忘れるとかは……無いんじゃねーかなって……だから、話してくれ!」
悠莉が優しくユリを安心させるために言って、龍也がこれを言っていいのか、なんてことを思って困り顔をしながらユリに話すよう促すと、ユリが小さく頷いた。
そして、何から話そうかと迷って、一度深呼吸を挟む。
「……ふぅ。……結論から、言っちゃうと……ですね。もしかしたら、ゆうちゃんたちが連絡板で連絡を取っている人たちの中に……裏切者が、いるかもしれないんです」
「……え? ……ゆ、結莉……それって、どういうこと……? ……どうしてそう思ったの?」
「ヒドラには……通常は無いはずの翼が生えていて。だけど、ゆうちゃんとリューくんは、それを知らなかったわけです。そんな情報は知らされていなかったんだから……どうやってヒドラの位置とかを調べているのかはわかりませんけど……目視しているのなら、わかるはずなんです。それだけ目立つ翼だったから。よっぽど遠くから見ていたわけでなければ。……少なくとも、ヒドラだとわかる位置にいたのなら……わかるんじゃないでしょうか」
ユリがそう言い、そっと悠莉と龍也を見た。
二人は険しい顔をして、ぎゅっと眉間に眉を寄せている。
「……私たちが、危険なところに行って……その危険を解消できるようにね。各国は、監視要員の兵士を色んな位置に駐在させてるの。その人たち用の貸し切りの宿屋とか、宿舎があってね。私たちが泊まれる宿屋が無くて、一度だけ、泊めさせてもらったことがあって……その時に、兵士に話を聞けたんだけど……可能な限り私たちに情報を伝えるために、国はなるべく詳細に調査をするよう、兵士たちに言い付けてるんだって。……私たちは、世界を救える力を持ってるから……決して、道中で力尽きないようにって。みんな、すごく頑張ってくれてたんだ」
悠莉はそう言うと、深く息を吐いた。
ユリが龍也を見ると、龍也も険しい顔をしながらも悠莉の言葉に頷いている。
「そこは、この国じゃないけど……私たちに協力的じゃない国なんてほとんど無いよ。それに、この国でそんな兵士を見かけたことなら、何回もある」
「ああ……声を掛けてくれる人もいるんだ。調査は任せてください、とか。色々。魔物の近くで見かけたこともあって……」
「……うん。だからね……ヒドラの翼を誰も見てないっていうのは、ありえないと思う……」
信じたくなさそうに、悠莉が言った。
この国が裏切っているかもしれない、となると、やはり簡単には受け入れられないのだろう。
二人はこの国のためにも動いていたのだから、傷付くのも当たり前だ。
「……もちろん、裏切りたくて裏切っているわけではない可能性もあります! 魔族に脅されてるとか! 確定ではないです!」
「……結莉……」
「だから、そんなに落ち込まないでください。ただの情報として、無感情に受け入れるのが……一先ずは、いいんじゃないかな……って。そればっかりぐるぐるして、眠れなくなったりしたらいけませんからね」
「ああ……そうだな。これは情報、ただの情報……合ってるかもわからない情報……」
「その調子ですよ、リューくん。ゆうちゃんは……大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫だよ。でも……ヴェルディーゼさん。特訓って、いつ頃終わるのかな? それか、終わるのを待たずに行動してもいい?」
悠莉がそう尋ねると、ヴェルディーゼが目を丸くした。
その発言は意外だったらしく、ヴェルディーゼは少し考える素振りを見せると、こくりと頷く。
「うん、勇者と賢者としての行動自体は、特訓の時間さえ取れるならいつやってもいいとは思ってたし……ただ、その行動って、具体的には何をするつもり?」
「絶対に裏切ってなくて、この国の内情にも詳しい、この国の友達に会いに行くんだ。ダメ?」
「……ふふ。もちろん構わないよ。裏切っているにしろ、裏切っていないにしろ、不確定要素は潰しておかないとね」
ヴェルディーゼはゆっくりと唇を吊り上げると、笑いながらそれを受け入れた。




