自覚のない天才
実戦に近い形、とは言っていたが、実際ヴェルディーゼが出した指示は、スキルを用いて攻撃を仕掛けろ、というものだった。
それをヴェルディーゼが受け止めるので、なるべく連続して、絶え間なく、できれば様々な種類のスキルを使ってほしいらしい。
「……龍くんには申し訳ないけど……凄く綺麗。……でも、どうして何種類もスキルを使わせて……あっ、経験値のため? 勇者のスキルから派生したものとかも、全部にレベルがあるんだもんね」
「それもあると思いますけど、たぶんああいう戦い方を自然にできるようになってほしいんだと思います。戦術が多彩な方が厄介ですから。……いいなぁ、色んな属性使えて……」
「結莉は、あの鎌と、深淵っていうのしか使えないんだっけ」
「はぁい。そのせいで、魔法の方は中々発展させられなくて……工夫するにも限度がありますからね……」
限度はある、と言いつつ、ユリはしれっと前代未聞のことを成し遂げている。
深淵魔法は、例え発動者であろうとなんだろうと全てを飲み込む魔法だ。
だというのに、ユリは結界にも足場にも武器にもできるようにして運用しているのだ。
ヴェルディーゼですら、深淵に触れる時は結界が必要だというのに。
しかし、それを自覚していないユリは、ちょっとした愚痴を悠莉に零す。
「発想は無限に湧き出てくるのに、全然実現させられないんです。他の属性の魔法が必要だから。主様は天才だとかって褒めてくれますけど……うぅ……」
「ヴェルディーゼさん、本当に結莉には優しいよね」
「それはまぁ……。……なんかさっき、一瞬だけ意味深に見られた気がするけど……」
「……そう?」
「そうですよ。拗ねたって言ったからですかねぇ、チラッて私のこと……うぅ」
ユリがそう言って頬を押さえた。
しばらくジタバタして、ユリが息を吐き出すと龍也とヴェルディーゼの方を見る。
龍也は荒い息を吐きながらスキルを行使し、剣を振るっていて、ヴェルディーゼは息一つ乱さず、汗も流すことなくそれを片手に持った剣で捌き切っていた。
カン、カン、カン、と次々に音がして、だがそれは少しずつ頻度が落ちていく。
龍也の体力が持たず、剣を振るう速度が次第に落ちていっているからだ。
心配になってユリと悠莉がじっとその姿を見つめていると、ヴェルディーゼが龍也の剣を弾き飛ばす。
龍也はその衝撃で尻餅をつき、その手から離れた剣は少し離れた地面に突き刺さった。
「……この辺りにしておこうか。時間も……まぁ、少し早いけど、別にいいよね。無理はさせられないしね」
「はっ……はぁ……っ、ふぅ、はぁっ……げほっ、ふうっ……」
「ユリ、ちょっとここで二人のこと守ってて。近くに水場があるから、汲んでくる。魔物とか魔族とか来たら適当に倒しといて」
「へ? あ、はい! 守りまっす! ……え? なんか変じゃないですか? いつも面倒くさがって魔法で水出してるような――」
「じゃあ後はよろしく。ちょっとだけ掛かるから」
ユリの言葉を無視してヴェルディーゼが歩いていき、瞬きをした隙に消えてしまった。
あんな速度で動けるのに水を汲むくらいで時間が掛かるわけがないのに、なんてことを思いつつ、ユリは守りやすいよう悠莉に龍也の傍に移動してもらう。
あの口振りからして、襲撃が来るのは確定だろう。
それ自体はユリでもなんとかできるだろうが、問題は相手である。
怒ってもいないのに、ユリは人型のモノを殺したことはない。
魔族だったら、とユリが眉を顰める。
「胸騒ぎがするぅ……ぅう〜」
「結莉、大丈夫……? まだ回復し切ってはないけど、やれるだけ私も……」
「んや、大丈夫です。大丈夫なんですけどぉ……平常時において、どこまでをセーフラインとするのか、まだ折り合いが付いてないっていうか……」
「……ええっと? ……それって、もしかして……」
「殺すか殺さないかってことですよ。必要なら躊躇なんて無いんですけど……だからこそ選択を迫られている気もするんですけど……! 主様のばかぁ! あーっ人型の気配を感じるぅ! 主様じゃないぃ、ただの人でもないぃ!」
引き攣った声でユリが叫び、鎌を手にした。
気配は一つ、人型で、少なくともただの人ではないモノ。
ヴェルディーゼの発言からすれば、魔族ということになるだろう。
「は〜、ぁ〜……っ、こっち来るまではうじうじさせてくださいね……! う〜、う〜……ほんとに無理、無理だよぉ。主様のスパルタぁ……鬼畜ぅ……戻ってきてくださいよぉ……主様に向かって暴言でも吐いてくれれば処せるのにぃ、なんでどっか行っちゃうのぉ……見守っててよぉ……主様がいないと、敵が主様に暴言を吐くことも無いじゃないですか……」
「あ、危ない時は、結界とか張るからね! あと、龍くんも、頑張って危ない時は動いてくれるって!」
「ありがとうございますぅ……ゆうちゃん大好き……リューくんもありがたいです……」
情けない声になりながらユリがお礼を言い、ゆっくり息を吐き出して覚悟を決めると、改めて鎌を構え直した。




