ロマンとお叱り
ユリと龍也が決して悠莉に攻撃が行かないようヒドラを引き付けていると、声が聞こえてきた。
不思議と良く通る、静かな声が。
「〝スキル発動、賢者の詠唱〟」
膨大な量の魔力が、その声にも乗っているからか、とユリが納得しつつ、軽く目を細める。
ヴェルディーゼの眷属のユリは、邪神である。
故に、賢者である悠莉の力とは、とても相性が悪い。
相反する性質を持つ魔力にさらされて、その肌がピリピリとした刺激を覚えていた。
もっとも、腐っても神なので、ユリにとっては大した問題は無かったが。
光が溢れて、収束するのが見える。
「――〝〈天剣召喚〉〟」
悠莉の杖の先から魔法陣が展開され、そこから巨大な剣が出現した。
剣はヒドラを貫き、そのまま斜めにヒドラを斬り裂く。
それを見たユリは目を輝かせ、感情のままに叫んだ。
「うっそでしょ!? 巨大な剣召喚するの!? は!? ずるいロマンじゃんそんなの! 巨大な剣とかロマンそのものじゃないですかぁ!? 好きですそういうのっ、賢者がやるとは思わなかったけど!! えっ嘘!? もっかい見たい嘘ぉ!? 振り回してよぉ! それが地面に叩き付けてー!!」
「ユリさん!?」
「あっそうだこんなこと言ってる場合じゃない!!」
ユリがハッとしてそう叫び、深淵を集めて悠莉の頭上に展開した。
これで、ヒドラの死骸が悠莉に直撃することもない。
これを使うと悠莉は動けないとは聞いていたので、ユリはヒドラが動く様子が無いことを確認してから深淵の足場から飛び降り、龍也のことは深淵でまた柱を作って丁重に地面まで運ぶ。
そんな作業をしながらユリはヒドラの死骸を掻き分けていき、悠莉を見つけ出した。
座り込んで動かない悠莉を横抱きにして、ユリが龍也と合流する。
「……ゆ、結莉、恥ずかしいよ……」
「でも動けないんですよね。運びます」
「結莉ってば、あんな大はしゃぎしてたくせに……あ、龍くん!」
「悠莉姉ちゃん! 大丈夫か!? 怪我は!?」
「無いよ、安心して。疲れてるだけだから……」
「ユリさん、俺が運ぶ。今回はあんまり役に立ててなかったし……!」
「えぇ? 活躍はしてたと思いますけど……ちょっと地味なだけで、絶対大活躍だと思いますけど。疲れてるでしょう? 私が……。……いえ、そうですね。お願いします」
途中で龍也の悠莉への恋心故の言葉だと気が付き、ユリがそっと龍也に悠莉を渡した。
ちゃんと安定感もあるので、ユリがヴェルディーゼの元へと先導する。
少し歩くとヴェルディーゼが向こう側から歩いてきたので、ユリがぱあっと満面の笑顔を浮かべて駆け寄った。
「主様〜! 主様抜きでも私っ、ちゃんと――いだだだだだだ!!」
「……」
「む、無言っ、無言怖っ、んぅーーーっ!?」
ヴェルディーゼに思い切り頬を引っ張られ、ユリが涙目になった。
理由のわからない行動と痛みでユリが泣き出す寸前になると、ヴェルディーゼがようやく溜息を吐いてユリを解放する。
「……」
「わたし、何かしましたかぁ……ほっぺ痛い……千切れるかと思った……」
「〝うっかり〟、自分を守り忘れたね」
「あっ……ひ、ぅ……ご、ごめんなさい……」
「いやぁ、ね。うっかりなんて、誰にでもあるよね? ただ、僕がいなければ取り返しが付かなかったところでうっかり失敗なんてやらかしをしてくれやがっ……んんっ、してくれただけでね?」
「優しい声と何か漏れた口調が怖いよぉ……い、いいんですか? 泣きますよ……?」
「泣かせてでも反省させるつもりだけど」
「ひぃっ! や、いや、あれはそのっ……不慣れ、だったから……」
「僕がいなければ死んでたかもしれない。僕はさっきこう言ったんだけど、伝わらなかった?」
にこやかに微笑みながらヴェルディーゼが軽く首を傾げて問うと、ユリが震え上がった。
完全に言い訳を間違えた、とユリが頭を抱えてヴェルディーゼの視線を遮断する。
信じられないくらい目がとても冷めていて、嫌われたんじゃないかと恐ろしくなるほどだった。
その冷たい視線をユリは知っているが、ユリにだけは絶対にヴェルディーゼが向けなかった視線である。
「ユリ。本来、命に二度目なんてものはないんだ。僕は力技でそれを為しただけ。それなのに……自分を守るのを忘れる? ふざけないでほしいなぁ」
「ひゃ、ひゃひぃ……ごめんなさい……」
「僕が求めてるのは謝罪じゃなくて反省。毎回毎回、僕が守れるわけじゃないんだよ。ルスディウナに狙われてる今は、特にね」
「ルスディウナ死すべしっ、痛っ!?」
「今はそういう話がしたいんじゃない。嫌いだとか憎いだとか、そんな感情の前に反省しろ。自分の身を第一に守れ。他人は二の次。ユリは多少自分を優先したところで他人のことだって守れるんだから、他人を優先するな」
「……で、でも。……でもぉ」
「言い訳はいらない。反省して、自分を優先してくれればいい。……わかった?」
「……はい」
しょんぼりと肩を落として、ユリが呟くような声でそう返事をした。




