成長の機会
ヒドラの住処が見えてきた頃。
すっと目付きを鋭くしたヴェルディーゼが片腕を伸ばして三人の歩みを止め、そっと唇に指を当てた。
静かに、という合図に三人が顔を見合わせ、頷く。
ヴェルディーゼはずっと遠くを見ており、三人からはその先に誰かがいるのかどうかすらわからない。
が、様子からして悠莉と龍也の様子の確認に来た魔族がそこにいるのだろう。
いつまでこうしていれば、と三人が戸惑っていると、突然ヴェルディーゼの姿が消えた。
ユリがビクッと震え、途端に不安そうな表情になってヴェルディーゼのいたところへと走り出す。
「主様――ひゃう!?」
「ただいま、対処は終わったよ。……急にいなくなったように見えたから、不安になった?」
「……はい。私視点、その……封印の時……主様の気配が、突然消えたようにも感じたから……実際にいなくなったのは私なんですけど……」
先ほどまで自分が立っていた位置にユリが不安そうな顔で立っているのを見てヴェルディーゼが尋ねると、ユリがコクリと頷いた。
そして、ヴェルディーゼはユリを抱き締めて落ち着かせつつ魔族がいた方を見る。
「ヒドラか……」
「主様? ……魔族を倒しに行った時に、見えたんですか?」
「まぁ、うん。なんとなくどれくらい強いのかも測れたかな」
「そう……ですか。そっか……どうでした? 倒せると思います? ダメならお願いしますよ?」
「まぁ、ユリがいれば大丈夫だけど……毒に少しでも触れれば、その時点で触れた部分がダメになることが確定するからなぁ……どうするべきか……」
「私……? あ、深淵」
「うん。全くの別物ではあるけど、ヒドラの毒って深淵みたいな強さしてるから……その点、守るのに深淵を使うのは安心ではあるかな。流石に神の魔法に勝りはしない」
「同じく触れたら終わりってことですよね……確かに深淵で守ることはできますけど……」
ユリがそう言いながら悠莉と龍也を見た。
ヒドラを倒すことは、ヴェルディーゼ抜きでも別にできるだろう。
危ないところはユリが深淵で守って、もし守り切れないなんてことがあればヴェルディーゼがフォローしてくれる。
ただ、それでは二人の成長を妨げてしまうのが問題だった。
魔王はヴェルディーゼが討伐するが、二人がこのままでいいなんてこともない。
万が一人質にされたりしたらとても困ったことになるし、いざ魔王城に乗り込むという時に二人を置いていくわけにもいかないからだ。
ヴェルディーゼがなるべく魔法を使いたくないという都合上、避難させるという手も使わずに済ませたい。
そのためには、このままではダメなのだ。
かといって、リスクを取るのも厳しいか、とヴェルディーゼが考え込む。
「強敵であることは、間違いないんだよ。だからこそ……成長の機会は奪いたくない。……うーん、まぁ、いいか……? 守れば……」
「えっと……主様が悩んでるのって、私が守ったとしても、回避とか、判断とかが鈍る可能性を危惧してるから……ですか? 実力が足りないとかではなく」
「うん。負けるとはそんなに思ってないよ?」
「……これ言っちゃあれかもですけど、絶対主様が手取り足取り実践形式で鍛えた方が早いですよ? その結果が私ですし。主様は、ゆうちゃんが私の親友だからってあれこれ考えすぎです。気楽に考えていいんです!」
ユリが腰に手を当ててそう言い、ヴェルディーゼから離れると悠莉と龍也の方に駆け寄っていった。
そして、鎌を出しながら満面の笑みで言う。
「ゆうちゃん、リューくん! ヒドラのこと、三人でぶっ潰しに行きましょう! 実力が足りていることは主様によって確認済み、お墨付きです! 気を付けるべきことも理解してるんでしょう! ならいけますよね!」
「う、うん! 私がメインで戦うこと、あんまり無いから……ちょっと緊張するけど。でも、大丈夫だと思う! 戦ってないわけじゃないし……!」
「引き付け役は任せてくれ!」
「守りまァ〜〜〜〜〜〜っす! いえーいれっつごー!」
「待て待て待て走るな止まれ、ある程度の苦戦はするから! せめて最初は不意打ちして!」
「ひゃっはーーーー! 血祭りにあげてやるぅー!!」
「止まれ!!」
走り出すユリの襟首を掴んで止め、ヴェルディーゼが息を吐き出した。
何故か暴走機関車もドン引きして逃げ出すレベルで暴走しているユリをしっかりと捕獲し、ヴェルディーゼが黙ってユリを見つめる。
黄金色の瞳がすっと逸らされ、蚊の鳴くような声が零れる。
「ごめんなさい、ようやくちゃんとした戦闘でも役に立てると思ったら……」
「役には立てるだろうけど、ユリは護衛がメインだよ……お願いだから、戦闘中は冷静にね……?」
「は、はい」
「……任せたからね。僕はギリギリまでフォローも守ることもしないから」
「あっ……はい!! 行っきまぁーすっ!」
「おいこら落ち着け走るなってば!!」
すっかり落ち込んだユリをなんとか元気にしようとヴェルディーゼが一言告げると、一気にテンションの上がったユリが走り出した。
そんなユリをヴェルディーゼは慌てて止め、心配を抱きながら再び送り出すのだった。




